
はじめに
あなたは白血病や悪性リンパ腫についてどういうイメ−ジをもっておられるでしょうか。テレビの薄幸の美少女に代表される、診断されたらあっと言う間に 2〜3 カ月で死に至る病気というイメ−ジでしょうか?確かに約 20 年前まではそれが患者さんの実状でしたし、今でも十分な治療が行われないと“死に至る病”であることには変わりありません。
しかし現在小児白血病や悪性リンパ腫の医療は日進月歩で進んでいます。治癒とみなされた子どもたちは年ごとに増え、いま“小児白血病や悪性リンパ腫は治りうる病気”というイメ−ジも定着しつつあります。しかしそうはいっても長期にわたる厳しい療養生活を乗り越えていくためには、病気や治療に対する正しい理解、主治医や看護師との協力、子どもの日常生活を支える色々な配慮が非常に大切です。
わたくしたち『小児白血病研究会(Japan Association of Childhood Leukemia Study, JACLS)』は、小児白血病と悪性リンパ腫の治療成績の向上と患児の生活の質の向上を目的に北海道、東北、東海、関西(京都含む)、中四国九州各地区の小児血液専門医が集まって組織されています。この冊子は、小児白血病と悪性リンパ腫のお子さんのご家族を対象に、これから行う治療および生活上での諸問題をわかりやすく解説したものです。ここに書かれたことはおそらく大部分のお子さんにあてはまるとは思いますが、実際にはひとりひとりで異なることもありますので、細かい点については必ず主治医とよくご相談下さい。

正常の血液細胞の名前とその役割
私たちの硬い骨の内部には骨髄とよばれるスポンジ状の組織があります。ここで血液がつくられるのです。ここでつくられる血液細胞には、大きく分けると次の 3 種類の細胞があります。
1)赤血球
2)白血球
3)血小板
これから簡単にそれぞれの細胞の役割を説明します。
@赤血球
血液を赤く見せているのはこの血球です。赤血球に含まれているヘモグロビン(Hb)が肺で酸素と結びつき、末梢組織まで運び、そこでその酸素を放出するとともに二酸化炭素と結びつき、それを肺まで持ち帰るという役割をになっています。英語で赤血球は Red Blood Cell(RBC)とよばれます。赤血球が、少なくなると貧血と呼ばれる状態となり、顔色が悪くなり、疲れやすく、だるそうな感じになります。息切れや動悸(ドキドキ)もみられます。実際の検査では赤血球の数自体よりもヘモグロビンの値の方が酸素を運搬する能力を正確にあらわすことから、貧血の程度をヘモグロビンの値として評価します。個人や病院により正常値はやや変動しますが、ヘモグロビンの値は正常で 1dl の血液あたり 12〜15g です。治療中は 10 以上あれば大きな問題はないのですが、7〜8 を下回るときには赤血球輸血を考慮します。また赤血球が毎日どれくらいつくられているか知るための指標として、網赤血球数(あるいは割合)を調べることがあります。
A白血球
病原体(細菌、カビ(真菌)、ウイルスなど)とたたかうための血球です。英語では White Blood Cell(WBC)とよばれます。白血球の中には.大きく分けて顆粒球、リンパ球、単球があります。細菌による感染症の場合には、主として顆粒球(特に好中球)、ウイルスによる感染症の場合には、主としてリンパ球が活動します。リンパ球には T リンパ球と B リンパ球があり、それぞれ協力して役目を果たしています。3番目の白血球の単球はどんな病原体とでも戦います。白血球数の少ない状態(特に問題になるのは好中球数が少ない状態)を白血球減少症(好中球減少症)とよびます。こんな状態の時には、身体の防御能力が落ちています。白血球は正常では 1 mm3(またはμl)の血液あたり 5,000〜10,000 個存在します。2,000〜3,000 個くらいあれば大きな問題はありません。また好中球は正常では 1 mm3(またはμl)の血液あたり 1,000〜1,500 個以上存在します。一般に 500 個以上あれば大きな問題はないことが多いのですが、500 個未満になると細菌や真菌感染症をおこす可能性が高くなります。200〜100 個未満では極めて感染症の危険が高く、肺炎や敗血症(血液の中に細菌が入りこんでおこる病態)にも十分な注意が必要になります。

B血小板
血管が破れておこる出血を止める働きをします。血小板は血を止める(止血)ためになくてはならないものです。英語では Platelet(PLT)とよばれます。血小板が少ない場合、皮膚に出血点やあざ(出血斑)ができ易くなり、歯ぐきや鼻の粘膜から出血してなかなか止まらなくなったりします。このような状態を血小板減少症と呼びます。血小板は正常では 1 mm3(またはμl)の血液あたり 15 万〜30 万個存在します。5 万個未満になると出血をおこすことがあるので生活に注意が必要になります。3 万個〜1 万個未満では出血の危険が高いため、必要に応じて予防的に血小板輸血を行うことがあります。重症出血としては、頭蓋内出血や胃や腸管からの出血(吐血、下血)などがあります。


白血病や悪性リンパ腫とはどんな病気でしょうか
1)白血病とは
ここではまず白血病について説明していくことにします。白血病は、血液細胞のがんで、骨髄の中からはじまります。血液細胞が正常に成熟できなくなり、幼弱なまま無制限に、どんどんその数が増えるというのが病気の本態で、放置すれば死に至ります。
骨髄のなかには役にたたない白血病細胞(芽球:成熟しない白血球)がたくさんたまってきて、そのために正常の骨髄機能が麻痺してしまいます。よく手足をはじめとした骨や関節の痛みを訴えることがあるのはこのためです。赤血球がつくられなくなると、血液がうすくなり、顔色が青白くなります。子どもは疲れやすくなり、息切れや動悸を訴えたりします。これは赤血球の酸素運搬能が落ちるからです。正常の白血球数が減少すると、病原菌に対する抵抗力が弱くなり、熱を出しやすくなります。血小板が減ると、鼻出血や皮下出血がみられ血が止まりにくくなります。
白血病細胞は血液にのって体中にひろがります。リンパ節のほか、肝臓や脾臓の中でも増殖を始めるようになります。その場合はリンパ節が腫れたり(リンパ節腫大)、肝臓や脾臓が腫れる(肝腫大、脾腫大)ようになります。もちろん1人の患児で全ての症状がそろうわけではなく、今あげた症状のうちいくつかしか見られないことが多いのが現実です。また患児によっては白血病を疑う臨床症状は全くないのに偶然検査で診断されることもあります。

白血病には色々な種類があります。子どもの場合は、ほとんどが急性白血病です。そのうちの約 70%がリンパ性、約 20%が骨髄性(非リンパ性)です。慢性白血病というのは子どもにはめったにみられないもので、白血病全体の約 1.5%ほどを占めるにすぎません。進行はゆるやかで、治療しない場合の経過の長さからついた病名です。
@急性リンパ性白血病(ALL)
Acute Lymphoblastic Leukemia の頭文字から ALL ともいわれます。小児白血病の代表ともいえる疾患です。リンパ球ががん化したのがこの病気です。2〜6 歳ぐらいに最も多く発症します。リンパ球が成熟していく、どの段階からも白血病はおこります。まだリンパ球が B リンパ球に十分成熟する前に、がん化が始まった場合は B 前駆細胞型白血病で、小児期に最も多いタイプです。それ以外に T リンパ球まで成熟してからがん化したものを T 細胞型白血病、B リンパ球まで成熟してからがん化したものを B 細胞型白血病と呼んでいます。
A急性骨髄性白血病(AML)
Acute Myeloid Leukemia の頭文字から AML といわれます。これは子どもよりも大人に多く見られる白血病です。白血病細胞を特別な方法で染めて顕微鏡でみることでリンパ性白血病とは区別がつきます。白血病細胞の形の特徴から、FAB 分類(→医学用語集)では M0〜M7 までの 8 種類に分類されます。

B慢性骨髄性白血病(CML)
Chronic Myelogenous Leukemia の頭文字から CML といわれます。子どもにはまれな疾患であり、成熟した白血球が著しく増加し、ある程度機能を持った芽球を造り出すこともできるとされています。何年かのうちには急性白血病に移行する(急性転化)とされています。
白血病の診断には血液検査と血液をつくるもとである骨髄の検査が 必須です。血液で白血球数の異常、貧血、血小板減少などがみつかったら、必ず骨髄検査(骨髄穿刺)をやらなければなりません。血液だけの 検査ではウイルス感染や再生不良性貧血、リウマチ性疾患等と見わけが つかないことがあるからです。骨髄検査は白血病の形態診断だけではなく、染色体や遺伝子検査など白血病細胞の性質についてのこまかい分析 も診断に欠くことのできない検査であるといえます。正確な診断がより 良い治療に結びつきます。
2)悪性リンパ腫とは
次に悪性リンパ腫です。悪性リンパ腫は英語では Malignant Lymphomaと呼ばれます。悪性リンパ腫と急性リンパ性白血病は、いってみればいとこ同志のようなものです。急性リンパ性白血病は骨髄中のリンパ球系の細胞ががん化するもので、悪性リンパ腫はリンパ組織中のリンパ球系細胞ががん化するもので、同じリンパ球系の細胞ですから性格も非常に似ています。またリンパ球は体のどこにでも存在しますから、悪性リンパ腫も全身どこから発生しても不思議ではありません。
全身のリンパ系の器官とその関連器官は以下の通りです。
●リンパ液を運ぶリンパ管
●リンパ節、脾臓、胸腺などリンパ球をたくわえておく器管
●胃や腸など消化管のリンパ組織
悪性リンパ腫は大きくホジキンリンパ腫と、非ホジキンリンパ腫の二 つにわけられます。わが国ではホジキンリンパ腫(Hodgkin Lymphoma) は比較的まれで、末梢のリンパ節から発生する傾向があります。初発症 状は無痛性のリンパ節腫張(はれ)がほとんどです。20〜30 代の人に多 くみられ、小児科領域でも思春期の子どもたちが主なタ−ゲットとなります。
わが国で多い非ホジキンリンパ腫(Non-Hodgkin Lymphoma, NHL)は、 顕微鏡を使った分類(病理組織分類)では、さらに多くの種類に分類されますが、普通子どもで見られるのは次の 4 種類です。@リンパ芽球型Aバ−キット型B大細胞型CKi−1 リンパ腫(未分化大細胞型)
リンパ芽球型悪性リンパ腫は頸部や縦隔とよばれる胸の中央に見つけられることもしばしばあります。そのため、リンパ節腫脹の他に息苦しさや顔面の浮腫が初発症状となり得ます。一方、バ−キット型悪性リンパ腫は腸管、つまりおなかのなかに発生することの多い腫瘍で、腹痛や腹部腫瘤が初発症状となり得ます。
診断は、腫瘍組織をとってきて顕徴鏡で調べる生検という方法でなされます。診断確定後は、どこまで腫瘍がひろがっているのか(病期と呼 びます)を、さまざまの X 線写真、CT・MRI スキャン、超音波検査、Ga シンチなどを使って調べます。もちろん血液検査、骨髄・髄液検査など も欠かせません。
初期のホジキンリンパ腫を除いて小児の悪性リンパ腫は、発生初期か ら体のすみずみに悪性腫瘍細胞が飛んでしまっていると考えるのが正しいようです。ですから治療は全身にちらばった腫瘍細胞をタ−ゲットにした化学療法が主体であり、急性リンパ性白血病などと同様です。ただ特別な場合には、腫瘤を形成している場所の放射線療法や外科的手術 が、有効な手段となることがあります。


診断に必要な検査と治療法選択について
1)どんな検査を何のためにするのでしょうか
これまでの詳しい経過(病歴)を聴取し、次のような検査を行います。
1.血液検査(採血で行われる検査)
@血算
白血球数、白血球分類、赤血球数、ヘモグロビン値、血小板数、網赤血球数などを行います。白血病細胞は血液標本でみつかることが多く、血小板減少症や貧血もよくみられます。A生化学検査
腫瘍細胞の急速な増殖や崩壊は腎への負担を高め、体のバランスをくずすことがあります。また治療中、肝機能障害や腎機能障害などを知るためにも定期的な採血検査が必要となります。B血清検査
炎症反応の指標である CRP や免疫グロブリンを測ります。また治療によって免疫機能が低下すると体内のウイルスが活動してくることがあります。その場合は重症になることが多いので、必要に応じて肝炎、水痘、サイトメガロウイルス、EBウイルス、単純へルペスなどの抗体の検査を行います。C凝固系検査
血の止まり易さの検査などを行います。血が血管の中で固まりやすくなると、出血傾向の悪化と臓器障害を促進します。D血液型や交叉試験
輸血が必要となることが多いので治療前に血液型を調べた上で、輸血の際には型合わせのため混合試験(交叉試験)を行います。2.尿検査
腎臓への過度の負荷や薬剤による腎機能障害の有無や膀胱炎などの早期発見などを目的に行います。3 .骨髄検査(通称マルク)
最も重要で、この検査により診断を確定し、白血病細胞の特徴を知ることができます。小児では通常腸骨という骨盤の骨で行います。

4.生検
悪性リンパ腫の場合には最も重要な検査で、腫瘍の一部分を診 断のために採取することです。採取した腫瘍組織は、顕微鏡での病理組 織分類と表面マ−カ−検査や染色体検査などが行われます。5 .髄液検査(腰椎穿刺、通称ルンバ−ル)
中枢神経(脳と脊髄の髄膜)への病気の拡がりの有無を検査します。通常は下図のようにエビのように背中を丸くさせ、腰椎という腰に近い背中の部分に針を刺して脳脊髄液(背中の水)を採取します。
6.胸部X線
治療中の肺炎の発見や心拡大の有無などのために行います。7.心電図や心エコ−検査
心臓に負担をかける可能性のある薬物を治療に用いますので、心機能を定期的に検査します。8.培養検査
感染症の診断や薬剤(主に抗生物質)選択の参考のために体の培養検査を行います。よく行われるのは咽頭(のど)、尿、便、血液の培養ですが、必要に応じて膿の出ている部分や脊髄液などの検査を行うこともあります。9.Ga(ガリウム)シンチ
悪性リンパ腫でリンパ腫細胞の全身の拡がりの程度を調べるために行われます。10.その他
必要に応じて脳波、CT、MRI、PETなどの検査が行われることがあります。2)診断と治療法の選択
最も重要なのは初診時の白血病や悪性リンパ腫の性質を詳しく知り、適切に治療法を選択することです。詳しく検討するために初診時は色々な検査が必要になります。一般に白血病の診断は、白血病細胞の形の特徴、白血病細胞の性質(表面マ−カ−、染色体異常、遺伝子異常など)に基づいて、図1のように総合的に行います。

同様に悪性リンパ腫の診断は、図2のように腫瘍組織の病理学的特徴、腫瘍細胞の性質(表面マ−カ−、染色体異常、遺伝子異常など)の他に病期(進行度分類)が重要です。

白血病や悪性リンパ腫の最終診断が得られたら、その病型にあった治療法を選択します。
現在の白血病や悪性リンパ腫の治療は、後で詳しく説明する抗癌剤による化学療法が主体となります。そのため治療中の副作用とともに治療が終わったずっと後になっておこることがある副作用(晩期障害)の両者が問題になります。そのため、あらゆる面で副作用が少ない治療法が求められますが、治療を軽くしすぎて白血病自体の治癒が達成できないのでは何にもなりません。
実際には、比較的軽い治療のみで治癒が期待できる患児、強力な治療をすればどうにか治癒が期待できる患児、化学療法だけでは治癒は難しく後述する造血幹細胞移植をしないと治癒が期待できない患児など様々です。どの程度の治療が必要なのかを患児毎に治療開始前に的確に判断できればいいのですが、現在のところ100%確実な方法はありません。
現在最も一般的な方法は、過去の治療研究で明らかにされた予後因子を考慮して病型にあった治療法を決定することです。ここで予後因子とは科学的な臨床研究で明らかにされた治療成績を左右する事柄をいいます。

3)急性リンパ性白血病の場合
ここで小児急性リンパ性白血病の歴史的背景を簡単に紹介します。
小児急性リンパ性白血病では、ビンクリスチン(オンコビン)とステロイドホルモン(プレドニゾロン)の2種類の抗癌剤で90%以上の患児が完全寛解(後述)に導入され、メトトレキサ−トとロイケリンという抗癌剤でその完全寛解がある程度の期間は維持されます。しかしこれだけではほとんどの患児が数年のうちに再発を起こし死亡してしまいます。その再発の約半数は骨髄に白血病が増えてくる(骨髄再発)のですが、残りの半数近くは脳や脊髄を包んでいる膜(髄膜)に白血病が増える(中枢神経再発)ために頭痛や嘔吐が出現してきます。
このような治療結果をふまえて、骨髄が寛解した後に、髄注(腰椎穿刺をして脳脊髄の中に抗癌剤を注入する)や頭蓋への放射線照射を行ったところ、50%近い患児が助かるようになったのです。これは1970年代のことでした。
そこでこのような標準的な治療法で治癒しうる患児とそうでない患児の臨床的な特徴を比較した研究がたくさん行われました。その結果初診時の年齢と白血球数、さらに白血病細胞の表面マ−カ−などが重要な予後因子であることが見出されました。いわゆる標準危険群(標準的な治療で治りうるタイプ)と高危険群(標準的な治療では治りにくいタイプ)が区別されるようになったのです。最近ではこの経験をふまえて高危険群では治療を強化することにより成績が向上し、治療の強化だけでは治りにくいタイプなども明らかにされてきています。
最近の治療法の進歩として中枢神経白血病予防法についても頭蓋放射線照射による晩期障害が問題になっていることから、放射線照射を用いないメトトレキサ−ト大量療法が広く行われるようになっています。
私たち(JACLS)は、以上のような臨床研究の経験をふまえて、急性リンパ性白血病の治療法をSR群、HR群、ER群、T群、F群、Ph1群の6つに分けています(ただし1歳未満の乳児は特別な治療法になります)。これらは、今まで述べたような予後因子に基づいて、患児に最も適切と考えられる治療プロトコ−ルを選択したものです。これを治療の層別化と呼びます。実際に行われる予定のプロトコ−ルの詳細をお知りになりたい方は主治医からプロトコ−ルの治療予定一覧表をもらって参照して下さい。

4)急性骨髄性白血病の場合
1970年代においては、小児急性骨髄性白血病患児のうち40〜70%しか完全寛解にはいらず、寛解にはいっても半数の患児が6〜23か月で再発してしまうなど、前に述べた急性リンパ性白血病と比較し、かなり見劣りするものでした。
しかし、1970年代後半以降、シタラビンやアントラサイクリン系の薬剤がはいった強力な多剤併用の化学療法、1980年代にはいってからの寛解導入後の積極的な同種骨髄移植の施行、支持療法の進歩によって完全寛解導入率が75〜85%、40%の患児が5年間完全寛解を持続するようになってきました。最近の日本における厚生省の研究班を基盤に実施された治療研究ではさらに治療成績の向上がみられ、寛解導入率が91%で、50%以上の患児が5年以上寛解を続けています。
治療成績の改善にともなって、急性骨髄性白血病のなかには、化学療法のみで長期完全寛解が期待できるタイプ、化学療法のみでは再発をきたしやすく積極的に造血幹細胞移植を行うことが必要なタイプがあることがわかってきました。すなわち小児急性骨髄性白血病の予後を決定する因子として、初診時白血球数、白血病細胞の染色体異常等が広く認められるようになってきたわけです。
私たち(JACLS)は、以上のような臨床研究の経験をふまえて、急性骨髄性白血病を化学療法のみで治療を行う群、造血幹細胞移植を積極的に行う群、その中間の群の3つのグル−プに分けて治療を行います。また、ダウン症候群の患児、FAB分類でM3に分類される患児に対しては別の治療法を用意しています。これらの治療法は、小児急性骨髄性白血病に関して現段階で得られている多くの解析結果に基づきそれぞれの患児に最も適切と考えられる方法を選択したものです。実際の治療法の詳細は主治医からプロトコ−ルの治療予定一覧表をもらって参照して下さい。
5)悪性リンパ腫の場合
非ホジキンリンパ腫の治療は、組織の型や病気の広がりの程度に関わらず化学療法が第一選択です。これは、この病気が全身の病気であり、見つかったときは、たとえ1カ所の小さな腫瘤であっても既に全身に散らばっている可能性が高いからです。
70年代の欧米での臨床試験で腫瘍が限局している患者さんたちを放射線治療だけで行う方法と化学療法だけで行う方法に振り分けて成績を検討したところ化学療法だけを行った方が明らかによい成績であったためこのような考え方が定着しました。また、化学療法に放射線治療を加えたとしても必ずしも成績の向上は得られません。しかし、化学療法の効果が不十分と考えられるときは、放射線治療が考慮されます。
一方、手術はどうでしょう。これも局所の腫瘍を除去する効果しかありませんので完全に摘出できたとしても化学療法は不可欠です。化学療法のみの成績が向上したため、完全摘出の意味は薄れており必ずしも必要ありません。それよりも予定された化学療法がスム−ズに行われる方が大切です。
ただし、以下の場合は手術が必要です。第一に腫瘍を手術でとる以外に診断が確定できない場合(骨髄、腹水、胸水に明らかな異常がある場合はそれを採取して診断できます)、第二に腸閉塞や腸穿孔などが疑われ緊急開腹手術を要する場合です。その他では、化学療法後に腫瘍が残存していて確認が必要な場合など例外的です。
さて、化学療法はどのように行われるのでしょうか。非ホジキンリンパ腫は由来するリンパ球の性質に基づいてB細胞型とT細胞型に大別されます。また、腫瘍組織の顕微鏡的な構造に基づいてリンパ芽球型、バ−キット型、大細胞型、Ki−1リンパ腫型(未分化大細胞型)に大別されます。70年代は、どれも同じ治療法で治療していたのですが、アメリカの小児がん研究グル−プの比較試験でリンパ芽球型とバ−キット型に効く治療法が異なることが明らかにされました。
リンパ芽球型に対しては、急性リンパ性白血病に準じた治療が通常2年間行われます。バ−キット型に対しては、強力な化学療法を短期間に繰り返し行う方法がとられ、3〜8カ月で治療が終了します。リンパ芽球型の多くはT細胞型であり、バ−キット型はB細胞型であることから、診断が容易なBとTのマ−カ−による治療の振り分けが広く行われています。大細胞型にはB細胞型とT細胞型の両方があり、リンパ芽球型とバ−キット型に効くそれぞれの治療法に有効であることから、マ−カ−に準じた治療法が行われることが多くなっています。
また、非ホジキンリンパ腫が全身病であり白血病化しやすいことから、一部の非進行例を除き中枢神経系への浸潤予防は必須です。通常、放射線照射は行わず、髄腔内注射を繰り返し行います。
このように、小児の非ホジキンリンパ腫は、病型・病期を考慮した治療法が確立されてきており、我が国でも70%以上の例で治癒が期待できるようになっています。

私たち(JACLS)は、以上のような臨床研究の経験を踏まえて、非ホジキンリンパ腫を急性リンパ性白血病に準じた治療を2年間行う群と3〜8カ月間集中して強力な化学療法を繰り返す群、ヨ−ロッパと同じ治療を行うKi−1リンパ腫の3つの主なグル−プに分けました。また、悪性リンパ腫の場合は、全身のどこまで腫瘍細胞が拡がっているかという病期も大切です。それぞれの群でも病期に応じて治療の強さを変えた治療を行います。
これらの治療法は、小児の非ホジキンリンパ腫に関して現段階で得られている多くの解析結果に基づきそれぞれの患児の最も適切と考えられる方法を選択したものです。実際の治療法の詳細は、主治医からプロトコ−ルの治療予定一覧表をもらって参照して下さい。


治療の方法について
1)化学療法とは
化学療法というのは抗がん剤を用いて行なう薬物療法のことです。化学療法の目的は白血病細胞を破壊することにあります。しかし、抗がん剤は白血病細胞だけでなく正常細胞にも傷害を及ぼしますので、正常細胞への影響をなるべく少なくしながら、いかにして効率よく白血病細胞をやっつけるかが工夫のいるところです。そのためには一種類の抗がん剤だけで治療を行なう(単独療法)のでなく、作用機序や副作用がことなる数種類の抗がん剤を組み合わせる多剤併用療法を行うことになります。そのことによって抗腫瘍効果は相乗的に高くなり、副作用はおなじものが重ならないようにします。また、化学療法は一度行なえば済むものではなく、何度もくりかえし、徐々に腫瘍量を減らしていかねばなりません。長い治療の経過においては、その時期その時期で治療目標が異なり、呼び方も変わります。
たとえば急性リンパ性白血病を例にあげると、最初に寛解を得るために行なうのが寛解導入療法、その寛解をより強固にするために行うのが強化療法、髄膜(中枢神経−脳と脊髄)への浸潤を防ぐために行うのが中枢神経系浸潤予防療法、寛解を継続させ、真の治癒を得るために行うのが維持療法などです。
図3に示したように発病時には、1012(1兆)個の腫瘍細胞が体の中に存在すると言われています。最初の寛解導入療法が成功した時点(完全寛解と呼びます)では、その数は100分の1から1000分の1に減ったにすぎず、まだ体の中には109〜1010(1億から10億)個の腫瘍細胞が残っています。これを強化療法でもっと減らし、薬の行き渡りにくい中枢神経や睾丸などへの浸潤再発を予防し、最終的には約1〜2年間をかけて維持療法や強化療法で残った腫瘍細胞を根絶させ、治癒をもたらせるのが目標です。またいったん検出感度以下に減っていた腫瘍細胞が、再び増加して検出されるようになることを再発といいます。再発する場所により、骨髄再発、局所再発、中枢神経再発、睾丸再発などと呼ばれます。

2)使用する抗がん剤の種類とその副作用
化学療法の歴史は、1948年に米国で小児の白血病に対しメトトレキサ−トが投与され、素晴らしい成果をあげたのが最初で、その後次々と新薬が開発されました。安全性や有効性についての厳しい臨床試験をパスし、実際に小児白血病治療に用いられているものは10数種類です。そのうちの代表的な抗がん剤を作用機序によるグル−プ別に表1に示します。
抗がん剤の投与のしかたにも、その目的と抗がん剤の特性によって、さまざまな方法があります。最も多いのが静脈からの注入(静注)で、抗がん剤の血液中濃度を一挙に高めるためのワン・ショット静注法や血中濃度を長く持続させるための点滴静注法があります。また、皮下や筋肉内に注射して(皮下注、筋注)も、ゆっくりと吸収されるため長く作用させることができます。また経口的に内服する方法や髄液への薬剤の移行を考慮した腰椎穿刺による髄腔内注入などがあります。

@アルキル化剤
アルキル化剤はおもにDNA(デオキシリボ核酸)の合成を阻害することにより抗腫瘍活性をしめす薬剤です。普通の量でも効果を発揮しますが、この薬剤は投与量を増やせば増やすほど殺細胞効果が増す性質(濃度依存性)があるため、大量投与もよく行われます。とくにシクロフォスファミド(エンドキサン)やメルファラン(アルケラン)、ブスルファン(マブリン)は通常量の10〜20倍という超大量が造血幹細胞移植の前処置に用いられます。
A代謝拮抗剤
主に核酸の合成に関係した代謝を阻害します。このグル−プの代表的薬剤であるメソトレキセ−ト(メトトレキサ−ト)は葉酸の代謝を拮抗的に阻害しますが、この作用は葉酸代謝物であるロイコボリンを投与することにより中和が可能です。この特徴を生かした治療法はメトトレキサ−ト大量・ロイコボリン救援療法として、中枢神経白血病予防療法としてよく用いられています。プリン拮抗剤である6−メルカプトプリン(ロイケリン)は副作用がきわめてすくなく、おもに急性白血病の維持療法に用いられます。シタラビン(キロサイド)はピリミジン拮抗剤です。この薬剤は長く作用させるほど抗腫瘍効果が増す(時間依存性)性質があるため24時間持続投与や1〜2週間の連続投与などが行われます。また、大量投与も行われますが、この際には強い骨髄抑制以外にけいれんなどの神経症状や結膜炎といった副作用が出やすくなります。またメトトレキサ−トやシタラビンは髄腔内への直接投与が可能な貴重な薬剤です。
B抗がん抗生物質
DNAやRNA(リボ核酸)の合成を阻害する薬剤で、このグル−プの代表であるアントラサイクリン系薬剤[ドキソルビシン(アドリアシン)、ダウノルビシン(ダウノマイシン)、ピラルビシン(テラルビシンまたはピノルビン)、ミトキサントロン(ノバントロン)など]は各種小児白血病に有効性がある反面、総投与量が一定量をこえると心不全を引き起こす可能性があるので心機能検査を行うなど注意して用いるべき薬剤です。
C植物アルカロイド
ビンカ・アルカロイド[ビンクリスチン(オンコビン)、ビンデシン(フィルデシン)]はニチニチ草から抽出された抗がん剤で、細胞分裂を阻害します。この薬剤も小児白血病全般に広く用いられます。エトポシド(ラステットまたはベプシド)はマンダラゲの抽出成分で広く用いられています。副作用も比較的すくなく、大量投与も可能ですが、多用すると二次性がんが出現する危険があるといわれています。
DL−アスパラギナ−ゼ
L−アスパラギナ−ゼ(ロイナ−ゼ)はアスパラギン酸の代謝を阻害する薬剤で、急性リンパ性白血病の治療には無くてはならないものです。この薬剤は大腸菌由来の異種蛋白であるため、くりかえし投与すると抗体ができやすく、アレルギ−反応やショックをおこす危険があります。また、重篤な膵炎や低フィブリノ−ゲン血症などもおこすことがあります。
表1.治療で使用する可能性のある抗がん剤の名称と主な副作用
一般名/商品名(略号) | 投与法 | 主な副作用 |
---|---|---|
シクロフォスファミド /エンドキサン(E) | 静注 点滴 | ・悪心、嘔吐、食思不振 ・骨髄抑制 ・出血性膀胱炎 ・脱毛 |
メソトレキセート /メトトレキサート(M) | 内服 静注 点滴 髄注 | ・悪心、嘔吐、食思不振 ・粘膜炎ー口内炎、下痢 ・骨髄抑制 ・皮疹、紅斑、脱毛 ・肝障害 ・大量投与で腎障害の可能性 ・大量療法・髄注ー神経毒性の可能性 ・腎障害 |
6-メルカプトプリン /ロイケリン(6MP) | 内服 | ・悪心、嘔吐、食思不振 ・骨髄抑制 ・肝機能障害、胆汁うっ滞 |
シタラビン /キロサイド(CA) /キロサイドN(CA) | 静注 点滴 髄注 | ・悪心、嘔吐、食思不振 ・アレルギー反応 ・骨髄抑制 ・大量投与で神経毒性 ・脱毛 |
ドキソルビシン /アドリアシン(A) ダウノルビシン /ダウノマイシン(D) ピラルビシン /ビノルビン(T) /テラルビシン(T) ミトキサントロン /ノバントロン(Mi) | 静注 点滴 | ・悪心、嘔吐 ・口内炎 ・骨髄抑制 ・心筋毒性ー慢性毒性 ・脱毛 ・血管外漏出による皮膚壊死 |
ビンクリスチン /オンコビン(V)ビンデシン /フィルデシン(Vs) | 静注 | ・悪心、嘔吐、食思不振 ・便秘、腹痛、麻痺性イレウス ・顎部痛、骨痛 ・電解質の異常 ・神経毒性ー知覚異常、腱反射消失、 失調、ペタペタ歩き ・血管外漏出による皮膚壊死 |
エトポシド /ラステット(Vp) /ベプシド(Vp) | 点滴 | ・悪心、嘔吐、下痢 ・低血圧ー急速静注中 ・アレルギー反応 ・骨髄抑制 ・脱毛ー比較的強い ・口内炎、粘膜炎 |
コルチコステロイド /プレドニゾロン(PSL) /デカドロン(DEX) /ハイドロコートン(HDC) /ソル・メドロール(mPSL) | 経口 静注 点滴 髄注 | ・高血圧 ・糖尿病 ・免疫抑制 ・成長抑制 ・骨粗しょう症 ・無菌性骨壊死 ・緑内障,白内障 ・精神病的症状 ・副腎抑制 ・不整脈。ショック |
L-アスパラギナーゼ /ロイナーゼ(L) | 点滴 皮下注 筋注 | ・アナフィラキシーショック ・過敏性反応 ・膵炎 ・出血傾向および血栓症 ・肝機能障害 ・糖尿病 |
トレチノイン /ベサノイド(ARTRA) | 内服 | ・レチノイン酸症候群 ・白血球増多 ・肺炎、喘鳴 ・皮膚乾燥 |

3)放射線療法について
放射線は体内にはいり細胞核内のDNA鎖を切断させ、細胞の分裂する能力を失わせます。腫瘍細胞は無限の細胞分裂能力を持っていますが、この細胞分裂する能力を失わせることにより、腫瘍細胞をやっつけることができるのです。しかし、放射線照射を受けた正常組織の正常細胞も細胞分裂能力を失うため、正常組織の障害が副作用としてでてくることがあります。
@放射線治療の目的
放射線治療は急性白血病では主に中枢神経白血病の予防あるいは治療として行われます。予防的に頭蓋へ十分な放射線照射を行うと、中枢神経(脳と脊髄)への再発を5%以下に減らすことができます。しかし確実な治療効果が報告される一方で晩期障害としての知能低下などが問題にされ、最近では、再発の危険の低い群では頭蓋への放射線照射はできるだけ省略する方向です。それ以外に特殊なものとしては睾丸再発時の睾丸への照射や腫瘤形成した部位への照射などがあります。悪性リンパ腫の場合には、腫瘍を形成している場所の放射線療法が、治療上有効な手段となることがあります。
A放射線照射の実際
あらかじめ放射線治療とおなじ体位でX線撮影をし、放射線をかけなければならない部位を照射野として決め、皮膚の上に照射野の形にマジックやインクで印(マ−ク)をつけます。
実際に照射するときは、放射線治療室内の治療ベッドに寝て、体を動かさないようにします。皮膚の印を目印にして照射部位を合わせ、決定した照射野どおりに照射されていることを確認します。毎日の実際の放射線治療は放射線技師が行い、1分前後しかかかりませんし、まったく痛くありません。
放射線治療中は、治療室内にはだれも入ることができません。安全に確実に治療を行うには動かないことが最も大切です。そのため催眠剤の投与が必要なことがあります。
B放射線の副作用について
放射線のすぐに出る副作用は、人によってその強さが異なっています。頭蓋照射中は、疲れやすくなったり、気持ち悪くなったり、吐いたりすることがあります。また髪の毛はいったんほとんど抜けてしまいます。また照射が終了してからしばらくして、よく眠ったり元気がないことがありますが、これはほとんど一時的で自然によくなります。また放射線自体は体内に残るようなことはないので、他人に影響を与えることはなく、普段の生活が可能です。
また頻度は少ないのですが、放射線照射の晩期障害として問題になっているのは知能低下や低身長、二次性がん、胸に照射した場合は心機能障害などです。
4)造血幹細胞移植について
現在、白血病や悪性リンパ腫の治療は、これまで説明した多剤併用による化学療法が主流を占めています。しかし、これらの化学療法だけでは治癒が望めない患児もあり、そういう難治性の患児に対しては造血幹細胞移植を用いた治療が適応されることになります。以下に主な移植方法について簡単に説明します。
@同種骨髄移植
(Allogeneic Bone Marrow Transplantation, Allo−BMT)HLA抗原という白血球の血液型が一致した健康なドナ−から正常な骨髄を移植するのが同種骨髄移植です。後述する自家骨髄移植あるいは末梢血幹細胞移植より病気の再発が少ない反面、移植に伴う種々の合併症(GVHDなど)が多いという問題があります。HLA一致のドナ−は通常は兄弟姉妹のなかから見出されますが、その確率は約30%にすぎません。より多くの患児に移植を可能とするために、両親などの血縁者や、骨髄バンクを通じて非血縁者にまでドナ−を求める努力がなされ、今ではわが国でも20万人を越す登録ドナ−を擁する骨髄バンクが整備され、多くの非血縁者間骨髄移植が施行され成果を上げています。
A自家骨髄移植
(Autologous Bone Marrow Transplantation, ABMT)HLA一致のドナ−が見出せないような場合には、患者本人の骨髄を用いる自家骨髄移植が行われることがあります。骨髄中に白血病細胞が残存する場合には、薬剤や抗体などを使って白血病細胞を除去(この操作をパ−ジングと呼びます)することがあリます。それでも白血病細胞の除去が完全になされることは困難であり、自家骨髄移植においては原病の再発が多い点が問題です。
B末梢血幹細胞移植
(Peripheral Blood Stem Cell Transplantation, PBSCT)化学療法を行った際に骨髄中の造血幹細胞が一時期末梢血液中に出現することがあります。この幹細胞を成分採血装置で大量に採取し、骨髄の代わりに移植することができます。これを末梢血幹細胞移植といいます。骨髄移植にくらべ移植後の造血の回復が早いという利点がありますが、移植後の成績に大きな差はなく、慢性GVHDがやや多いとも言われています。最近では、自家移植だけではなく血縁者間では同種移植のドナ−からの幹細胞採取方法として、G−CSFを用いた方法が施行されています。
C臍帯血幹細胞移植
(Cord Blood Stem Cell Transplantation, CBSCT)1998年4月に保険診療として認可された比較的新しい移植の方法です。妊婦の承諾と産科医の協力を得て、出産時に臍帯や胎盤に豊富に含まれる造血幹細胞を採取し、冷凍保存しておいて、型の合う患者がみつかったときに移植に使おうというもので、臍帯血バンクも整備され、全国ネットワ−クが形成されています。幹細胞が容易に得られドナ−に負担がない点と早期に移植が実施可能な点、HLAが完全に合致しなくても移植しうるというような利点がある反面、現時点では臍帯から採取できる造血幹細胞の量が限られている点や他の移植方法に比べると血小板などの血球系の回復が遅いという欠点もあります。
Dその他
以上の様な方法以外に、移植前処置を軽くして移植合併症や晩期障害を少なくしようとミニ(骨髄非破壊的)移植も行われ成果を上げています。今後は症例によっては小児でも選択されるようになってくると考えられます。

化学療法による小児白血病や悪性リンパ腫の治療成績の向上とともに、難治性症例の定義は変化してきました。そのため、造血幹細胞移植の適応となる疾患や移植時期も時代とともに推移し、今後も変わるものと予想されます。最終的な判断は患児ごとに主治医と十分な相談の上で決めるのがよいと考えられます。
5)支持療法とは
抗がん剤はすべてのものにさまざまな副作用があり、副作用のない化学療法はありません。化学療法の歴史は副作用を軽減するための努力といってもいい過ぎではないほどです。治療がスム−ズに進むように手助けするのが支持療法で、生命を左右する大切なものです。主な支持療法には、輸液、中心静脈栄養、輸血、感染予防のための抗生剤や抗真菌(カビ)剤の予防投与、および感染症の治療などがあります。これらの必要性と注意点を簡単に説明します。
@輸液
輸液には体液のバランスを維持するための維持輸液と、薬物や代謝産物の排泄を促進させ、臓器の障害を防ぐために行う大量輸液があります。体内に腫瘍細胞が大量に存在する治療初期は、慎重な輸液管理が必要です。とくに、抗がん剤を大量投与するときには尿酸による腎臓障害を予防したり、出血性膀胱炎を予防するために大量の輸液をします。
A中心静脈カテ−テル
小児白血病や悪性リンパ腫の治療では、抗がん剤の投与、大量輸液や輸血のために血管の確保が必要です。手足の静脈はル−トを維持するために固定しなくてはなりません。細い血管では血管炎をおこしやすく、同じ場所を長く使用できませんので頻繁に刺しかえる必要があります。おそらく患児の日常治療で最も苦痛なのはこの繰り返し行われる採血や血管の確保であろうと思います。
実際は標準危険群で入院治療期間の比較的短い患児では手足の血管を場所を変えて使用することによって治療を継続することも可能です。しかし高危険群で入院治療期間の長い患児では、だんだん手足の静脈の穿刺が困難になってしまうことをよく経験します。個人差はありますが、そういう手足からの血管確保が困難になる状況では治療継続のため長期に使用可能な中心静脈カテ−テルの使用を検討することになります。病院によっては最初から中心静脈カテ−テルを挿入して治療を行っているところもあります。患児にとって一番負担の少ない方法を選ぶのが一番だと思いますので主治医とよく相談して下さい。
また最近では制吐剤の進歩に伴いかなり少なくなってきましたが抗がん剤投与や放射線治療に伴い、吐き気、嘔吐、口内炎あるいは胃腸障害がおこり、食事がとれない場合もあります。このような状態が長く続く場合は、体力の維持に必要な栄養を輸液によって入れることができます。しかし高カロリ−を維持するためには、濃度の濃い液を輸液しなくてはならないため血流量の多い心臓近くの大血管に中心静脈カテ−テルを入れる必要があります。

B輸血
治療中には種々の目的で輸血が行われます。今日、輸血なしには白血病や悪性リンパ腫の治療は考えられなくなっています。以前は輸血のドナ−(供血者)を探すことが、患児の家族の大きな負担になっていました。しかし、善意の献血者と日本赤十字社の努力によって、必要な血液製剤のほとんどがスム−ズに供給されるようになり、患児の家族に輸血ドナ−を集めていただくことは少なくなりました。
(1)輸血の目的
輪血はつぎのような目的で使われています。
a.血小板輸血:
血小板数の減少にともなう出血の治療、または予防のために使います。血小板数が1〜3万/μl以下で出血症状を認める場合あるいはその危険がある場合に適応されます。発熱がある場合や全身状態によっては血小板数が3万/μl以上であっても輸血が必要になることがあります。b.新鮮凍結血漿輸血:
L−アスパラギナ−ゼ投与にともなう凝固因子の低下に対して、または多種類の凝固因子の欠乏が認められる場合に、出血予防のために投与します。c.濃厚赤血球輸血:
貧血にともなって低下した酸素運搬能を改善するために使います。貧血が進むと、抗がん剤の心臓や腎臓に対する副作用が強くでるため、ヘモグロビン濃度7〜8g/dl以上を保つように輪血します。感染症や全身状態が思わしくないときはヘモグロビン濃度10g/dl以上を保つように輸血することもあります。d.顆粒球輸血:
重症細菌感染症の治療を目的として使用する場合もありますが、ドナーへの負担が大きいため現在はあまり使用されていません。(2)輸血の副作用とその予防対策
いろいろな場合に輸血は必要とされますが、輸血にも色々な副作用があります。主な輸血の副作用とその予防法を次に示します。
a.感染症
−肝炎ウイルス(B型、C型、その他)、サイトメガロウイルス、EBウイルス、エイズをひきおこすHIVウイルス、成人T細胞性白血病ウイルス、パルボウイルスなどが血液によって感染することがあります。これらに関しては前もって献血ドナ−のウイルス検査によりスクリ−ニングが行われています。b.輸血後移植片対宿主病(GVHD)
−輪血されたドナ−のリンパ球が患児(ホスト)の組織を攻撃する疾患で、きわめてまれですがいったん起こると死亡率の非常に高い副作用です。対策としては血縁ドナ−を避けること、白血球除去フィルタ−を使用すること、血液製剤に対する放射線照射をすることです。c.感作(抗白血球抗体の産生)
−輸血血液中のホストと異なった血液型に対する抗体を産生して、輸血効果を低下させたり、発熱、悪寒などの輸血副作用をひきおこします。
C感染予防
白血病や悪性リンパ腫の治療に伴い、副作用として細菌に対抗する好中球が減少することは避けることができません。好中球減少時には病原体に対する抵抗力が弱くなり、極度に感染症にかかりやすくなります。そのため、あらかじめ感染を予防することが大切になってきます。現在、私たちは次のような感染予防法を行っています。
1)ST合剤(バクタ、バクトラミン)の内服
−カリニ肺炎という原虫感染はいったん発病したら治療は極めて困難です。予防が鉄則です。週に3回ないしは1日毎に内服しますが、一時休むこともありますので主治医の指示に従って下さい。2)腸内殺菌
−腸内細菌やカビの殺菌のために何種類かの内服薬を飲んでもらいます。 3)吸入−必要に応じて抗真菌(カビ)剤や抗生剤の吸入を行い、気道感染を予防します。4)うがい
−口腔内の清潔を保つため適宜うがいを行います。5)顆粒球コロニ−刺激因子(G−CSF)
−状況に応じて好中球の回復を速くする目的で投与することがあります。6)その他
−面会の制限、食事の制限、個室への隔離、ガウン・マスクの使用、無菌環境のための種々の器械の使用などは必要に応じて話があると思いますので主治医の指示に従って下さい。D抗生物質
好中球が減少している患児では炎症反応が乏しいうえに、免疫機能も減退し、さらに菌検出率も低いので、感染症の診断が困難なことが多いのが現状です。そこで、私たちは発熱があればまず感染を疑って治療を行います。好中球減少時の感染症は急激に悪化・重症化することがありますので、ただちに適切な抗生剤治療を開始する必要があります。もちろん、病原菌が同定されたらより副作用が少なく、病原菌に対して効力の強い抗生剤に変更することもあります。また、病原菌が消失し、症状や徴候が消失し、検査結果が良くなるまでは抗生物質の治療は継続します。
E造血因子
現在白血病や悪性リンパ腫の臨床に用いられている造血因子は次の2つです。
1)顆粒球コロニ−刺激因子
(G−CSF:グラン、ノイトロジン、ノイアップ)2)マクロファ−ジコロニ−刺激因子
(M−CSF:ロイコプロ−ル)白血病治療上で最もよく用いられるのは、G−CSFです。白血球数または好中球数が減少して感染の危険が高いときには、熱の有無にかかわらずG−CSF投与を開始することもあります。また好中球減少が強い時に感染をおこした場合には、好中球の回復を早くするためにG−CSFの投与を行うことがあります。
M−CSFは、骨髄移植後と急性骨髄性白血病で適応になっていますが、G−CSFほど好中球増加作用は強くありません。しかし血小板数回復を早める効果があったという報告や真菌感染時の補助効果が認められたという報告がありますのでそういう目的で用いられることがあります。

6)晩期障害について
小児白血病や悪性リンパ腫の治療成績は、著しい進歩がみられ、長期生存患児が増加してきました。治療成績の向上にともない、その結果“治癒”の状態と考えられる人たちに何らかの後遺症がありはしないかという問題が提起されるようになり、治療成績の判定には生存率だけではなく、後述する“QOL(生活の質)”をも考慮すべきだとの認識が高まりつつあります。
晩期障害とは「長期生存例に残存している、疾患自体の影響および外科、放射線、化学療法による直接的、間接的な障害」をすべて含んでいます。小児白血病や悪性リンパ腫の治療を受けてゆく際に、どの時期、どういう治療法によって、いかなる障害が生じやすいかを知っておくことは大切です。また骨髄移植をはじめとする造血幹細胞移植の普及に伴い、これまでの治療によるものとは異なった晩期障害の発現も予想されています。さらに認められる障害を各患児の受けた治療内容などとの因果関係から検討するとともに、患児をとりまく周囲環境も配慮して、総合的に患児の“QOL”について判断することが大切であると思います。
<晩期障害として主なもの>
@成長障害(低身長)
低身長の原因としては種々のものが関係していると思われます。病気そのものによる影響、長期にわたる抗がん剤の投与、合併する種々の感染症、低栄養等によるものがあります。また中枢神経白血病の予防療法である頭蓋放射線照射による成長ホルモン分泌障害も関係します。
A内分泌障害(ホルモン分泌障害)
前記の成長ホルモン分泌障害以外に、治療に続発したと思われる思春 期早発の報告があります。また性腺機能障害(不妊症)は、抗がん剤(特にアルキル化剤)による影響が強いと報告されています。
B中枢神経障害
脳に放射線を多量にあてた場合の知能の低下、メトトレキサ−トなど の薬剤が加えられた場合の白質脳症などが有名です。最近では、治療成 績の良い患児の頭蓋への放射線照射はできるだけ省略する方向です。
C心臓機能障害
心臓機能面で問題となるのは、アントラサイクリン系薬剤を中心とし た抗がん剤使用によるものが大部分を占めています。アントラサイクリ ン系薬剤の副作用には、急性毒性と慢性蓄積毒性とがあり、晩期障害と しては、慢性毒性による心筋症が主な問題となります。いったん心筋症 を発症すると治療は困難であるため、定期的な心機能検査を行い予防し ていくことが必須であると考えられます。
D肝機能障害
抗がん剤は、程度の差はありますが、どの薬剤でも肝機能障害をもたらす可能性を有しています。維持療法中、肝機能障害を認めることは比較的よく経験することで、肝臓の線維化所見が存在するとの報告もありますが、晩期障害としての頻度は低いようです。近年長期生存例の抗がん剤によると思われていた肝機能障害の一部に、C型肝炎が関与していることが判明しました。
E免疫機能障害
長期生存例における免疫機能については、治療終了後半年から 1 年で ほぼ正常に復することが多いようです。
F続発腫瘍(二次性がん)の発生
小児白血病や悪性リンパ腫の長期生存例における二次性がんの発生 は、一般集団に比し 10〜20 倍の発生率であるとの報告もあり、極めて 深刻な間題です。二次性がんとしては、脳腫瘍や急性骨髄性白血病など が知られています。発生因子としては、長期間の抗がん剤の投与、放射 線照射、遺伝的素因、慢性・持続性ウイルス感染などが考えられていま す。


インフォームド・コンセント「説明と同意」とは
インフォ−ムド・コンセント(informed consent)は英語です。日本医師会ではこれを「説明と同意」と呼んでいますが、日常診療における「説明と同意」とは、医師が患者に対して十分な説明を行い、患者がその説明を理解・納得した上で、患者が検査や治療を行われることに同意することをさしています。本来は患児自身に説明を行い、これから行っていく治療の同意を得るのが本当なのですが、患児が幼少児である場合は、両親などの親権者にインフォ−ムド・コンセントを得ることで治療を行っていくことになります。
この場合次の範囲の説明が必要となります。
@病名と病気の現状
Aこれに対してとろうとする治療の方法
Bその治療方法の危険度(危険の有無と程度)
Cその治療法以外に可能な治療方式と利害得失
D予後、すなわち、その患者の病気についての将来予測

最近では患児がある程度の年齢に達している場合には、患児自身に病名を説明したうえで治療を行っている施設も増えてきています。もちろん本人に病気の説明をしないと治療を行うことができないわけではなく、入院後まもない精神的に不安定な時期には本人への説明は避けたいと考えられるご家族の方も多いことは承知しています。病気の説明を希望されるようでしたら、患児本人への説明は、治療が一段落した時、治療が終了して退院する時、ある一定年齢に達した時など入院時以外の時にも行うことができますので主治医とよくご相談ください。なお病名の告知については、「6)病名を知らせる」に詳しく解説していますので参考にして下さい。

最近セカンド・オピニオンという言葉をよく耳にすると思います。セカンド・オピニオンとは、直訳すれば、第二の意見ということです。具体的には、診断や治療方針について、現在診てもらっている主治医以外の医師の意見を聞くことをいいます。
「手術をすすめられたけど、どうしよう」「ある薬剤を投与するといわれたが大丈夫だろうか」「放射線治療が必要といわれたが副作用はないのだろうか」等々。重大な決断をしなければならないとき、他の専門医に相談したいと思うのは当然のことです。セカンド・オピニオンは、日本ではまだあまり一般的ではないため「主治医に失礼になるのでは」と思われるでしょうが、その心配はまったくありません。インフォームド・コンセント(説明と同意)という考え方を分かっている医師でしたら治療法を決定するのは患者や家族であることを十分に認識しているからです。
医師からインフォーム(説明)を受けても、情報も知識もない患者や家族にとっては治療法を決定できなかったり、不安を覚える場合もあります。だから知識を持っている人=別の専門医に相談し、意見を聞きたいということになるわけです。これは至極当然な過程です。つまり、インフォームド・コンセントと、セカンド・オピニオンは車の「両輪」なのです。
米国では、ここ 10 年の間に知らない人がいないほど定着し、医師が診察の終わりに「セカンド・オピニオンをとりますか」と、尋ねるのは当たり前のことになっています。知識のない患者にしてみればなかなか判断はできません。最新の医療情報を持っている専門医に相談にのってもらい、意見を聞くことが大切になるわけです。

治療研究への参加について
白血病や悪性リンパ腫は治療しないで放置すれば100%死亡します。白血病や悪性リンパ腫を治すには、既に述べたように抗がん剤による治療が必要です。この薬さえ使えば病気が治るというような妙薬はありません。何種類もの効果のある薬を組み合わせて使って初めて治癒が可能になります。
しかし、どの抗がん剤を、どのように組み合わせて、どのくらいの期間治療したらよいかは、世界中とりわけ欧米の白血病や悪性リンパ腫の患児が参加して行ってきた「比較治療研究」の積み重ねにより確立してきました。しかし、まだ完璧な治療法はなく、約 30%から 50%の白血病や悪性リンパ腫の患児は再発します。こうした患児にはさらに治療の工夫が必要です。
また抗がん剤にはそれぞれ特有の副作用があり、投与してまもなく起こる急性のものだけではなく、何年も経ってから影響が表面化する事もあります。そのため、できるだけ副作用が少なく、かつ将来にも障害を残さない治療法が求められます。このようにまだまだ解決しなければならない問題が多くあり、より良い治療法を確立するためには今後も治療研究が必要なのです。
治療研究には、先に述べた「比較治療研究」という方法がよく行われます。これは今までに一番良いとされてきた治療法(標準的治療法)と新しく考えられた治療法とを比較し、さらによい治療法を生み出していく方法で、通常たくさんの患児にどちらかの治療法を無作為に割り付けして、その結果を集計してどちらの治療法がよかったかを科学的に評価する方法がとられます。この治療法をどちらに割り付けるかは、登録センタ−で無作為に決めます。
私たち、小児白血病研究会(JACLS)も一部の群を除いて、この比較治療研究を取り入れています。欧米では、この比較治療研究の方が他のどの治療よりも良い成績であったと報告されています。どうぞより良い治療法を確立するために治療研究に御協力下さい。
しかし、新しい治療法で治療したり、無作為割り付けを受けるのには不安が付き物です。この私たちが計画した新しい治療研究に参加するかどうかは、まったく自由です。参加しない場合は、従来の治療法を行うことになります。従来の標準的な治療法は地域でも異なることがありますので、担当の先生によくお尋ね下さい。
また治療研究に参加した場合でも、気が進まなくなれば途中でやめることも自由です。その場合でもやめた人が不利益をこうむるようなことはありません。また、治療を行っていく間に得られたあなたおよび患児の個人情報については、担当者以外のなにものにも漏らさないことを誓います。


付)遺伝子検査について
近年、小児白血病や悪性リンパ腫において、腫瘍細胞の遺伝子異常や生物学的特徴が明らかにされ,その発病や病気の性質、予後などに関係していると考えられています。私たちは患児の骨髄や血液、腫瘍などの検体試料を用いて、遺伝子やタンパクの異常などを研究し、病気の性質、予後と関係するかどうか明らかにしたいと考えています。
以下に、遺伝子と病気に関する説明と研究協力への同意に関わるいくつかの重要な点を説明します。
《遺伝子とは》
遺伝子とは人間の身体をつくる設計図に相当するものです。ヒトには3〜4万個の遺伝子があると考えられています。 遺伝子は我々の全ての細胞にDNAとして詰め込まれている「生命の設計図」です。日本語は50音のひらがな、英語なら26文字のアルファベットで書かれますが、遺伝子の言葉はA、G、C、Tの4文字だけを使って書きつづられています。人間の身体は、約60兆個の細胞と呼ばれる基本単位からなっていますが、この細胞の核と呼ばれる部分に遺伝子の実体となる物質であるDNAが存在しています。人間の身体は、この遺伝子の指令に基づいて維持されています。
《遺伝子と病気》
ほとんどすべての病気は、その人の生まれながらの体質(遺伝素因)と病原体、生活習慣などの影響(環境因子)の両者が組合わさって起こります。遺伝素因と環境因子のいずれか一方が病気の発症に強く影響しているものもあれば、白血病や悪性リンパ腫のように両者が複雑に絡み合って生じるものもあります。遺伝素因は遺伝子の違いに基づくものですが、遺伝子の違いがあればいつも病気になるわけではなく、環境因子との組合せが重要です。
(1)研究の目的
小児白血病、悪性リンパ腫の発病のメカニズムや新しい診断法・治療法・予防法の開発等を目的として、腫瘍組織や血液・骨髄等から取り出した予後に関連する遺伝子やタンパクの異常等の解析を行います。
(2)研究方法
定期的に血液検査や骨髄検査を行ったり,患児によっては手術で腫瘍を取り出したりしますが,その時に得られた血液や骨髄・腫瘍組織のうち,必要な検査に使用した残りを使用しますので、研究にともなう身体の危険は全くありません。
現在、調べる対象となる遺伝子は、1.微小残存腫瘍関連遺伝子、2.染色体転座関連遺伝子、3.薬剤代謝関連遺伝子などですが、これら以外の白血病・悪性リンパ腫の予後に関係があると考えられる遺伝子(予後関連遺伝子)も調べることになります。そのため,同意がいただけるならば,提供資料を将来これらの研究のためにも使わせていただけるようお願いいたします。また希望があれば、この研究計画の内容を知ることができます。
(3)個人情報(プライバシ−)の保護について
個人情報は厳重に保護され、研究成果を学会で公表する場合も個人情報は公開されません。そのために、血液や骨髄・腫瘍組織などには新しく符号をつけて、誰の試料かを分からないようにした上で解析を行います(匿名化)。また採取された血液や骨髄・腫瘍組織等の試料等は、研究責任者の管理のもとで、厳重に保存・管理され、試料等を他のヒト細胞・遺伝子・組織バンクなどに譲渡することはありません。
(4)研究協力の任意性と撤回の自由
この研究への協力の同意は自由意志で決めて下さい。また同意いただかなくても不利益になるようなことはありません。一旦同意していただいた場合でも,いつでも同意を取り消すことができます。その場合は,採取・保存してある血液・骨髄・腫瘍組織や遺伝子を調べた結果などは全て廃棄され,診療記録などもそれ以降は研究目的に用いられることはありません.
(5)遺伝子解析結果の開示
この研究は多くの患児の協力を必要とし、病気の治療などに直ちに有益な結果が出る可能性は極めて低いため,原則として御家族を含め誰にも解析結果を開示することはありません。ただし,研究の結果まれに偶然重大な病気との関係が見つかることも考えられます。その時は、患児およびその家族がその結果を知ることが有益であると判断される場合に限り、倫理委員会の許可を得た後にその結果の説明を受けるか否かをうかがうことがあります。
(7)遺伝カウンセリングについて
研究の結果、何か不安に思ったり、相談したいことがある場合は、遺伝カウンセリングを受けることができますので、主治医にお申し出ください。
(8)研究に協力することによる利益と不利益
研究に参加することにより、患児(または患児の家族)が個人的に受ける利益はありません。しかし、この研究によって解明された成果を社会へ還元することにより、その一員として、新しい予後関連遺伝子の知見にもとづく病気の治療を受けることができます。
付)民間療法についての考え方
現在私たちのまわりには、食事療法や特殊な水の飲用からワクチン療法まで、いわゆる民間療法と称するさまざまな「治療」法があリます。これらの多くは、治療効果を宣伝するに当たり、経験者(しばしば有名人であったりします)の体験談をもってしています。治ったという体験者がいる以上、有効性は否定できないとおもわれるかも知れませんが、民間療法についての正しい科学的評価はされていないというのが私たちの立場です。
もちろん私たちとしても、患児およびその家族がどうしても行いたいという場合には、治療の妨げにならず、目立った副作用もなさそうならば、どうぞご自由にということもあリます。しかし思わぬ副作用や私たちが治療に用いている薬剤との相互作用がみられて治療の妨げになってしまうことも経験していますので、民間療法の併用にあたっては必ず主治医に一言お伝えいただくようにお願いします。


治療中の日常生活
1)QOLとは
現在医学はどんどん進歩して、昔は治らなかった病気もかなり治るようになってきました。そして、私たちは、白血病や悪性リンパ腫を治すことから一歩進んで、患児の「生活の質(Quality of life, QOL)」が治療中および将来にわたってもなるべく損なわれることのないような治療にしていきたいと思っております。
WHOは、QOLを「個人が生活する文化や価値観の中で、目標や期待、基準および関心にかかわる自分自身の人生の状況についての認識」と定義しています。実際には患児を治療していく過程において、生来の身体的・心理的発達をどれだけ維持していけるか、病院・家庭・学校・友人などの社会環境にどれだけ順応していけるのか、これからの人生に対してどれだけ積極的な目標や期待をもてるかなどを総合的に考えていくことがQOLを考えることになると思います。
その目的のために、私たち「小児白血病研究会(JACLS)」では、QOL小委員会を作り、治療中の患児ならびにその家族のQOLを調査していきたいと考えています。具体的には、定期的に「QOL調査票」を主治医よりお渡ししますので、無記名で記入し、直接郵送してください。必ず今後の治療に役立てていくようにしますので御協力下さい。

2)入院中の生活管理
白血病や悪性リンパ腫は、それ自体免疫の低下をともない感染しやすくなるといわれています。その上病気の治療のために使われる薬(抗がん剤)や放射線の治療が、病気の子どもの抵抗力をさらに低下させます。健康な子どもにくらべ常に感染しやすくなっていますので、「感染予防」をよく読んで、主治医の指示に従ってその時に必要な感染予防対策をとることが、最も重要です。
付き添いに関しても病院によって方針が異なります。幼児以上では午後の面会時間だけでいっさい付き添いを必要としない病院から小学生くらいまでは原則として母親が付き添っている病院まであります。付き添いに関しては育児の面からも賛否両論があり、子どもの自立心を養う方がいいんだとか、精神的な安定を保つには付き添うのが正しいとか色々な意見があります。原則としてはその病院のやりかたに沿ってやっていくことが一番良いと思いますが、患児の状態の思わしくないときは臨時で付き添いをしてあげるとか、家庭の状況に問題があるときや母親の健康状態に問題ができたときなどは一時付き添いなしでみてもらうなどの必要があると思います。そういうときは遠慮しないで主治医(または病棟医長)や看護師(または師長)に相談して下さい。患児にとっても家族にとっても、その時の状況を考えて一番ストレスの少ない環境づくりを心がけていきたいものです。

次に栄養面では治療にともないただでさえ食欲がないときに、病院食という環境でいっそう食欲が落ちると言うことはよくあることだと思います。病院食は専門の栄養士が主治医の指示に従って、栄養のバランスを考慮したものですから病院食を食べるのにこしたことはないのですが、特に食欲低下が著しいときは、食事の変更や食事の持ち込みなどに関して主治医や看護師・栄養士さんとも相談してみてください。
また病状が安定してきたら、院内学級での勉強や外泊なども可能になってきます。できるだけ規則正しい生活を心がけ、退院後には早期に復学(園)できるように体を慣らしていきましょう。最後に、病院によってはファミリ−ハウスのように患児や家族が宿泊可能な施設が利用できることがあります。ファミリ−ハウスは、病気の子どもを持つ家族の経済的・精神的負担を少しでも軽減しようとして民間ボランティアの力を結集して生まれた「小児がん等難病と闘う子供と家族のための滞在施設」ですので、積極的に利用されると良いと思います。この点に関して詳しいことは、各病院の主治医の先生とご相談下さい。

3)家族の問題(特に兄弟のこと)
ここでともすれば患児のことで頭がいっぱいになっている際に忘れてしまいがちな点を指摘しておきたいと思います。ひとつの家庭のなかに、長期間の治療を必要とする、しかも生命が脅かされるような病気を持つ人が出るということは、非常に重大なできごとであり、その家庭の秩序が大きく乱されることになります。その上、病人が子どもであるということは、親もまだ若く、兄弟も幼く、その負担は想像を絶するものがあるでしょう。
近頃のように、家庭の規模が小さく、核家族化していると、時間的にも、経済的にも余裕のある人はすくなくなっています。入院の付き添い、毎日の面会、また、たびたびの通院の付添いなど、直接医療にかかわる場面だけを考えても、それに対応する人は、家庭、家族のなかでもいちばん中心となる母親が当たらざるを得ないことが多いでしょう。こうしたときに、祖父母などが手助けをできる場合は、非常に恵まれた家族だとおもいます。少なくとも、数カ月にわたる入院生活中、母親不在(あるいは不在に近い)の家庭をいかに上手に運営していくか、非常時の体制を父親を中心としていかにカバ−していけるか、これがキ−ポイントだと思います。
兄弟が病気のことを理解できる年齢にあれば、兄弟に対しても病気のことを説明し、なぜ両親が病気の子どもに対して一生懸命になっているか、また、患児が病気と闘うためにどんなに苦しい治療を受けながらがんばっているかを、理解させることが重要です。子どもたちにとって、何も知らされないで、この期間を送るよりも、はるかに有意義な日々を送ることができるでしょう。そして、患児のために自分もできることをしょう、がんばろうと考えることができれば、兄弟の病気は、その子どもにとって、マイナスのみではなくなるでしょう。
病気の子どもの兄弟が持つ気持ちのいくつかをあげてみますと、まず「患児は、自分たちにくらべ大切にされ、欲しいもの、食べたいものが手に入る、わがままが通る」、「自分たちはがまんを強いられ、患児だけが特別扱いをされている」、こう思っていることが多いようです。患児の病気について十分説明がされていれば、この気持ちはだいぶ軽減され、不公平感はおさまるでしょう。
できれば、発病前とおなじように、兄弟みんなに平等に接することも大切です。母親が忙しく、精神的にも余裕が少なくなると、子どもたちは遠慮することがあります。子どもが自分で判断し、たとえば、学校からの連絡も伝えなくなることもあります。ご両親が大変なことは十分わかりますが、一日のなかでほんのすこしの時間、患児以外の子どもたちひとりずつに時間を分けてあげ、コミュニケ−ションをはかってください。

4)外来通院
退院のときまたは定期的外来通院検査や定期治療のときには主治医によく相談し説明を受け、現在の状態がごくふつうの生活をしていてさしつかえない状態であるか、白血球の数が少なくなり感染しやすいと考えられる状態かなどを心得ておきます。そして問題のないときにはなるべくふつうの生活をさせ、感染しやすい状態のときには、特に生活を規則正しく、睡眠を十分とらせ、食事にも心を配ります。退院後しばらくは入院中看護師さんが記録していたように、『日々の記録』などを活用して、飲み薬はきちんと飲めているか、体温や尿・便の回数とその状態(便が硬いか下痢便であるか)、食事の内容や量、その他の気づいたことなどをノ−トに記すことも役立ちます。落着いてきたら気になることをみつけたときだけ、詳しく書けばよいでしょう。この記録は問題がおきたときに読み返してまとめることもできますし、主治医の先生にも役立つものとなります。
家庭でできる感染予防としてはつぎのようなことがあります。あまり神経質になりすぎるのも困りますが、感染がおこりやすい場所である皮膚や粘膜に傷をつけないようにし、けがをしたらすぐに手当をする。1日に適宜うがいや手洗いをする、爪を切ること、入浴やシャワ−で清潔を保つこと。また、かたい便による肛門の切れ、下痢によるおしりのただれも、状態によっては、大きな感染の始まりになります。
子どもが体調の良いときには、食欲があり、機嫌が良く、排尿、排便が正常で規則的にあるといいます。病気を持つ子どもが回復してくると、良く食べられるようになります。そうすると、排泄も正常になりますし、機嫌も良くなります。食事のとり方は、体調を示すものといえます。
ただ、食べてもらいたいために、好きなものばかり与えがちにならないように気をつけましょう。蛋白質、脂肪、野菜(緑黄色野菜)など、バランスを考えてほしいものです。食欲がないと塩分の多いものをとりがちになりますが、これにも気をつけてください。食欲がないときには、間食をとりがちになります。1回の食事の量がたくさん食べられないときには、10時と3時頃に補食として軽いものをあげてみるのも良いでしょう。しかし、スナック菓子などを与えすぎると、次の食事のときに、食欲がなくなります。吐き気のあるときなどは、脂っこい食物、蛋白質の多いものを控えて、殿粉質のもの(炭水化物)、野菜類を中心にしてみてください。
もっと食欲の落ちているときは、イオン飲料、砂糖水、麦茶、ほうじ茶など、水分だけはぜひ十分とれるよう与えてください。口のなかに、口内炎や鵞口瘡、歯肉炎などができているときには、味のうすい、流動物−おかゆ、ス−プ、牛乳などを中心にあげると良いでしょう。

5)学校・幼稚園への復帰
退院してしばらく経ち、体力が回復してくると、集団生活へ復帰できる日がきます。学校、幼稚園、保育園、いずれにしても、成長していく子どもにとっては、同年輩の子どもたちとの触れあい、社会生活は、非常に大切なものなのです。たしかに、免疫力の低下している患児をあまり早く集団生活に参加させると、「かぜ」をはじめとして、さまざまな感染症をもらう危険性があります。そして、その感染が原因で、やむを得ず、維持療法の中断、強化療法の延期などがなされて、結果として再発の引き金になるということもありえます。しかし、このようなことを恐れて行動の場を自宅だけに限ってしまうと、子どもにとって望ましい精神的・心理的・社会的発達の場を奪ってしまうことになります。
小児白血病や悪性リンパ腫という病気の子どものなかで、半数以上が治るようになった現在では、子どもが治ったといわれてから、普通の生活にもどしてあげるのでは遅いのです。また治療が終わったといわれるまでに長い年月を必要としますので、子どもたちは、病気をかかえながら成長していかなければなりません。
すこし冒険と思われるかもしれませんが、主治医と相談しながら、できるだけ早く集団生活に参加させてください。ひとつの目安としては、退院時あるいは外来受診時に、いつから登校(園)して良いかを主治医にたずねてみてください。もちろん、患児が学校にいくときには、越えなければならないハ−ドルがいろいろあります。たとえば、長期入院による学業のおくれ、友だち、先生とのコミュニケ−ションの断絶、治療の副作用による外観の変化(脱毛、肥満、やせ、満月様顔貌、皮膚の異常など)、筋力の低下、耐久力の低下などがあります。そのために、体育活動や、校外授業への参加は、不可能なこともありますし、学校側から制限されることもあります。いろいろな悪条件のなかで、まず、やってみることは、すこしでも良いから、まず一歩踏み出してみることです。
復学のはじめのころは、たとえば午後までの長時間の授業を続けて受けることは、体力的に無理な場合もあるでしょう。そういうときには、はじめ短時間、時差登校するのも良いでしょう。徐々に体を慣らしていき、体力の回復とともに普通にしていきます。いろいろな意味で、負担を背負わされた患児の復学に際しては、親やまわりの人びとの暖い支えが必要です。環境作りが大切なのです。そのために、学校や園の受持の先生、養護の先生、あるいは責任者の先生に、病状を説明し、病気を理解してもらう必要があります。主治医に、子どもの病名、現在の治療と体の状態、学校生活に参加するときの注意点などを説明して頂いたり、簡潔でわかりやすく文書の形にしてもらい、これを学校の担任の先生に渡すのも、ひとつのやり方でしょう。最後に学校に病名を告げる際には秘密を守ってもらうように申し添えておくことを忘れないようにしましょう。

6)病名を知らせる
いまから15〜20年まえには、わが国の小児白血病や悪性リンパ腫の診療を専門とする医師のなかに、患児に病名を告げようとする医師はほとんどいませんでした。その後、しだいに小児白血病や悪性リンパ腫の治癒率が向上し、また一方、治療期間が長期化するようになり、患児自身、なぜこのような厳しい治療を受けなければならないか、長期間経過観察を受けなければならないかということについて、疑問を持つようになってきたため、親も医師も、それぞれの立場で、病名の告知という問題に直面せざるを得なくなってきました。
従来は、白血病や悪性リンパ腫の患者を看病する家族の最も大きな負担は、本人に病名を知らせないための努力でした。一方、患児は、ふとしたきっかけから自分の病名を知ってしまっても、親や家族が懸命に病気を隠しているので、自分が知っているとは言えないでいました。本当は、家族と病気について気軽に話し合いたかった、慰めてもらいたかったのに黙っていたということが、患児が亡くなったあと見つかった日記などでわかったということもありました。
このようなさまざまな経験の積み重ねから、現在では小児がん専門医や患者の親のなかに、病名を知らせる、または、知らせた方が良いと考える人が増えつつあります。
病名の知らせ方としては、だれが知らせるか?どのように知らせるか?いつ知らせるか?などの問題があります。
知らせる人としては、親が知らせる、親と主治医が同席して知らせる、主治医が知らせるなどの場合があります。どれでも、いちばんやりやすい方法でするのが良いでしょう。
告げる時期についても、いろいろと迷いがあります。本来、子どもといえども、ひとりの人間として考えれば、ものごとをある程度理解し判断できる年齢(6〜7歳?)になれば、自分の病気について、とくに、それが命にかかわるような重大な病気であればなおさら、説明を受けたいと思うことは当然であると考える人もおります。その場合には、診断がついたならば、なるべく早い時期に、病名または、少くともどんな種類の病気であるかを知らせることになります。
日本のように、親がいつまでも子どもを親の保護のもとにおき、精神的、経済的、社会的に子どもの自立の遅い国では、親だけが了解し、子どもには知らせず隠しておくことが多いようです。しかし実際に病名を告げられた患児が、比較的自然にそれを受入れ、まわりが心配していたほどの精神的落込みが少ないことが多いことなどもわかってきました。しかし、告げる時期については、診断の確定したときに話すという場合はまだまれで、軽快して退院するとき、治療終了のとき、さらに、もっと遅く、人生の節目のとき(高校、大学入学や卒業の時、成人したとき、就職・結婚したときなど)に告げることが多いようです。

いずれにしても病名を話す際に重要なことは、ケ−スバイケ−スであること、主治医や看護師などと十分に相談した上で行うことです。理想的には本人も知りたいという受入れ準備のある場合に、医療従事者や家族が十分時間をとって話し合い、その後も、本人の気持ちを注意深く見守ることができることです。周囲の温かい支えがあれば、たいへんむずかしいとおもわれる子どもへの病名告知も可能となります。そうすることによって、本人も親も医療者側も、卒直に病気について話し合うことができるようになります。また患児も行われている検査や治療について納得することができて、良い結果が生まれています。
病名を告げるときに心得ておきたいことがもうひとつあります。だれでもが病名を告げられているのではないので、病名を告げられている子どもと病名を知らない子どもが、病室や外来の待合室で一緒になることがあります。知らされていない子どもは、自分の病気が何かという疑問を持っていて、同じような検査、同じような治療を受けている子どもが、同じ病名ではないかと思うことはよくあるのです。このときに、病名を告げられている子どもの不用意な病名についての発言が、まだ病名を知らされていない子どもの心を悩ませたり、その場面に居合せた親を不安にさせたりしています。病名を告げる場合には、知らされていない子どもへの配慮についても、一言つけ加える必要があると思います。

7)予防接種について
ウイルス感染症は白血病や悪性リンパ腫治療中の重要な合併症であるため、できれば予防できるのが望ましいと考えられます。白血病や悪性リンパ腫の発病前に既に予防接種を行い免疫が獲得されていた病気に関しては、発病後もそのまま免疫力が維持され、かかりにくいことが多いのです。しかし免疫獲得が不十分であったり病気自体あるいは治療による免疫抑制が強いときには、予防接種を受けていた病気にさえもかかってしまうことがあります。
以前から白血病や悪性リンパ腫の治療中はウイルス感染症の中でも水痘(みずぼうそう)と麻疹(はしか)が重症化することが知られ、寛解中に重症水痘や麻疹で命を落としたということがまれではありませんでした。現在では水痘についてはゾビラックスという抗ウイルス剤を早期に使用することで重症化を予防・治療できるようになってきました。また感染症自体による影響だけでなく、種々のウイルス疾患にかかった時には大切な治療を延期・中止したり、スケジュ−ルの変更を余儀なくされることも問題になります。
しかし治療中は予防接種をいつでも受けることができるわけではありません。完全寛解を達成して安定した状態になり、維持療法中の免疫力が回復したときにはじめて予防接種を受けることが可能になります。予防接種は主治医と綿密な打ち合わせの基に計画的に行うことが重要ですので必ず主治医と相談してからにして下さい。

社会的支援について
小児白血病や悪性リンパ腫は、厳しい治療(入院・通院)と長期間におよぶ経過観察を必要とする病気です。このような病気の特徴のため、患児と家族には多くの社会的支援が必要です。ここでは、患児の家族の療養生活の手助けとなる、福祉制度やサ−ビスを紹介します。
1)小児慢性特定疾患治療研究事業
小児白血病や悪性リンパ腫を含む小児がんについては、昭和46年度から保険診療の自己負担分(3割)に対する医療費が公費(国と都道府県)で負担されています。現在は個人申請ですので、手続きに関しては主治医に相談してなるべく早く行い、その後も毎年忘れずに更新して下さい。しかし平成17年度からは家庭の所得に従い一部医療費の負担を必要とすることになり、治療終了後5年で公費申請が打ち切られることになりました。
2)がんの子供を守る会
子どもの病気は家族全体の病気といわれるほど、病気の子供はもとより、両親、兄弟にさまざまな負担がかかります。病気から生じる問題を解決し、影響を最小限にするために、患児家族がおたがいの経験を学びあい、必要な情報を共有し、励まし支えあうことが大切です。「がんの子供を守る会」には、本部のほか各地域に12の支部があります。支部はより身近なところで相互の交流をはかり、地域社会の理解や医療環境を整える手助けをしています。また、支部以外にも、地域やいくつかの病院によっては、患児家族の小グル−プが形成され、活動をしています。詳しくは主治医、医療ソ−シャルワ−カ−、がんの子供を守る会のソ−シャルワ−カ−におたずねください。
【がんの子供を守る会(別称のぞみ財団)のご案内】
子どもをがんで亡くした親たちが、同じ苦しみにあっている方々を助ける、という目的で設立された団体です。主な活動内容は次の四つです。
■相談事業
■療養費援助事業
■治療研究助成事業
■広報活動
総会、支部会など地城の会合で、専門家の助言を受けたり、会員同志の交流ができます。本部事務局では、病気によって生じるあらゆる問題について、ソ−シャルワ−カ−と嘱託医が相談に応じます。
【問い合わせ先】
財団法人 がんの子供を守る会・本部事務局〒111-0053東京都台東区浅草橋1丁目3番12号
Tel 03-5825-6311(代表) 03-5825-6312(相談専用)
Fax 03-5825-6316
代表アドレス nozomi@ccaj−found.or.jp
ホームページ http//www.ccaj-found.or.jp
<支 部>
北海道 | 〒060−0042 | 札幌市中央区大通西 15 丁目 大通ハイム 810 梅原法律事務所 梅原成昭/電話:011−611−5631 |
宮 城 | 〒981−1105 | 仙台市太白区中田 1-15-3 千葉裕子/電話:022−241-5148 |
長 野 | 〒380−0945 | 長野市安茂里杏花台 543−2 鹿山邦夫/電話:0262−26−0590 |
新 潟 | 〒951−8133 | 新潟市川岸町県立がんセンタ−病院 医療相談室 渡部ミサヲ/電話:025-266-5111 |
福 井 | 〒910-0005 | 福井市大手 3 丁目 11-17 福井県民会館 5 階 ふくい県民活動センターメールボックス 33 坪田起久恵/電話:0776-22-5132 |
関 東 | 〒341−0003 | 三郷市彦成 3−10−17−604 押野カズミ/電話:0489−58−5947 |
静 岡 | 〒420−0881 | 静岡市北安東 1-34-14 あさひケアサービス 十亀祥晃/電話:054−200-1088 |
東 海 | 〒471-0868 | 豊田市神田町 1-8-8 鈴木中人/電話:0565-31-4399 |
関 西 | 〒565−0043 | 大阪市東住吉区駒川 1−2−19 加藤仁義/電話:06−6714−1066 |
岡 山 | 〒721−0942 | 福山市引野町 485−31 野村マリ子/電話:0849−43−3426 |
広 島 | 〒732−0817 | 広島市南区比治山町 1−22−503 浦田美沙子/電話:082−262−1987 |
香 川 | 〒769-1601 | 香川県三豊郡豊浜町姫浜 1408-1 合田美景/電話:0875-52-4592 |
愛 媛 | 〒790−0933 | 松山市越智町 171−5 池内位倭夫/電話:089−956−4327 |
九州北 | 〒839−1904 | 福岡県浮羽郡吉井町千年 675 高橋和子/電話 09437−5−2687 |
九州西 | 〒850−0961 | 長崎県南高来群有明町大三東甲 2094-2 安野啓一郎/電話:0957-68-1914 |
熊 本 | 〒862−8001 | 熊本市武蔵ヶ丘 5−1−32羽山富雄/電話:096−337−2902 |
鹿児島 | 〒899-2202 | 鹿児島県日置郡東市来町長里 2224-10 植木ミチ子/電話:099-274-2239 |
沖 縄 | 〒904-0105 | 沖縄県中頭群北谷町吉原 757-12 片倉政人/電話:098-936-3583 |
(財)がんの子供を守る会療養費助成制度
◎一般療養費援助−1年1回5万円(所得制限あり)◎特別療養費援助−治療に要する保険対象外の負担が多大な場合、当援助審査会での審議によって援助額が決定され、30万円を最高限度額として援助します。申請手続などくわしくは、がんの子供を守る会のソ−シャルワ−カ−あるいは病院の主治医におたずね下さい。
3)フェロ−・トゥモロ−(F・T)−当事者の会
F・Tとは、「仲間(Fellow)と共に明日(Tomorrow)を築いていこう」という願いを込めて1993年の6月にスタ−トしました。FTの活動は3つの柱を基本にして行われています。
*仲間づくり(仲間との出会いの場を提供する)*情報交換(お互いの経験・悩みを分かち合う)
*社会への働きかけ(小児がんに対する正しい認識を広める)
参加の条件
*自分の病状、病名を知っていること
*FTの活動の趣旨を理解していること
*FTに参加したいという意志を持っていること

4)日本つばさ協会
日本つばさ協会は白血病、再生不良性貧血、悪性リンパ腫、骨髄異形成症候群など、治療法のひとつに骨髄移植もある疾患の患者とその家族を支援し、共に歩む会です。日本つばさ協会は次のような活動を行っています。
・情報誌によって、血液疾患治療に関する情報の提供・相談窓口の設置
・ピア・カウンセリングを各地で設置
・ボランティア(メンタル・サポ−タ−)志願者の募集
・患者の声の集積、代弁
・めんどりの集いの開催
・骨髄バンクへの協力
・交流会館の設立
【問い合わせ先】
白血病患者さん相談窓口
03-3593-3383(水・金×2 12時〜17時)
sodan@flrf.gr.jp(相談窓口)

5)その他
・税金の医療費控除
治療するためにかかった費用が 1 年間に 10 万円を越えた場合に、200 万円を限度額として、翌年の確定申告で税金の控除の対象になります。医療費控除の対象となる医療費の内容は、入院、通院医療費、医薬品の 購入費、差額ベッド代、通院交通費などです。窓口は税務署です。
・特別児童扶養手当(所得制限あり)
障害のある児童を養育している 者に対する手当です。この認定基準は身体障害者手帳と異なり、内科的疾患や慢性疾患でも、その病状や手術、病気や治療による症状、検査デ−タ、日常生活に介護を要する程度などにより総合的に認定されること になっています。入院治療が長びく場合、合併症、後遺症がある場合などは、相談してみてはいかがでしょうか。窓口は都道府県です。月額−1 級:47,800 円、2 級:31,860 円
・その他
各自治体独自の福祉手当制度(難病見舞金、通院介護料等)がありますので、市区町村の福祉の窓口でおたず ねください。


質問箱
◎白血病や悪性リンパ腫はなぜおこるのですか?
原子爆弾の放射能を大量に浴びたご本人にあとになって白血病や悪 性リンパ腫が起こるとか、ごく特別な型の白血病や悪性リンパ腫にはウ イルス感染がかかわっているとか、そんな断片的なことは判ってきてい るのですが、確定的な原因はいまだつかめていません。御両親は、わが 子が病気になったのは、自分達に原因があるのではないかと思い悩むこ とが多いようです。風邪をひいた時にすぐ病院にいかなかったからだろ うかとか、偏食を放置していたからだろうかとか、きちんと予防注射を していたらこんなことにはならなかったのではなかろうかなどと、いろ いろ考えてしまいがちです。でも、子どもが、病気になったのは誰のせ いでもないし、誰にもどうしようもなかったことなのです。兄弟につい ても、一般的には問題になることはありません。

◎子どもはいつ頃から病気になっていたのですか?
これも御両親にとってぜひ知りたいことでしょう。しかし答はまだ誰 にも解りません。しかし、細胞の増え方から計算すると、1 個の腫瘍細 胞ができて 6〜7 カ月経つと、症状がでるという推定があります。御両 親は自分達がぼんやりしていて白血病や悪性リンパ腫の初期に気づか なかったから、こんなに手遅れになってしまったと悔やまれることが多 いのですが、ごく初期に白血病や悪性リンパ腫を診断するのは専門の医 師にとっても困難なことです。白血病や悪性リンパ腫の初期症状は、単 なる風邪と区別できないことも多いのですから、難しいのは当然です。 早い時期に治療を開始すれば治るという治療の一般原則は白血病や悪 性リンパ腫の場合、必ずしもあてはまりません。しかし、診断がついて から治療せずに経過をみていたりすれば、合併症として出血や感染が多 くなるわけですから、診断後はできるだけ早く治療にかかります。

◎病気の子どもにどう話すべきですか?
病気について子どもが質問してきたら、どうしたらよいでしょうか。「白血病なんだよ」あるいは「悪性リンパ腫なんだよ」と話すべきでし ょうか。子どもに全部、つつみかくさず話してしまうべきでしょうか。それとも、病気はできるだけ隠しつづけたほうがいいのでしょうか。も し話をするのならそんな話は、何時、どのように、どの程度まですべきなのでしょうか。これらの質問も、また答えを出すのがきわめて難しい ものです。その子の性格、育て方、現在の身体ならびに精神状態、ご両 親の考え方によってそれぞれ違った対応のしかたが選ばれるべきでしょう。子どもが白血病についてどれほどの知識を持っており、どの程度 理解し得るかもよく考えなければなりません。この場合、やはり根本原則は子どもにできるだけ嘘をつかないことが大切だと考える医師もお りますし、また、社会風土やわが国の親子関係のあり方から考えて、子どもには病名その他については教えるべきではない、と考える医師もい ます。どちらにしても、具体的な説明のしかた、何時、どのように、ま たどんな話をするかなどについては、主治医によく相談して、客観的な意見をも参考にした上できめるのが、一番です。兄弟姉妹や親威、学校 の先生などへも、何時、どんなふうに話したらよいかについても主治医に相談してみてください。
◎白血病ではどんな症状がみられるのですか?
初期症状は、かぜなど子どもによくある病気とほとんど異なったところはなく、血液検査をしないと、症状だけでは白血病かどうかわかりません。そのうちに次第に顔色がわるくなったり、手足にしつこい痛みがあったり、くりかえし発熱したり、出血傾向がみられたり、リンパ節、肝臓や脾臓が大きく腫れて触れるようになってきます。これらの症状から白血病が疑われます。白血病であるのかどうかを正確に診断し、治療法をきめるのには、血液検査に加えて、骨髄検査(骨髄穿刺)が必要です。
◎悪性リンパ腫ではどんな症状がみられるのですか?
初期症状は、首やわきの下、ソケイ部などのリンパ節が異常に大きく 腫れたり、咳や息苦しさなどを伴うことがあります。またお腹に発生し た場合は腹痛、嘔吐、お腹が異常に張る感じ(腹部膨満)、腹部腫瘤な どから悪性リンパ腫が疑われます。悪性リンパ腫であるのかどうかを正 確に診断し、治療法をきめるのには、血液 検査や画像診断に加えて、リンパ節や腫瘍の生検が必要です。

◎白血病や悪性リンパ腫はうつるのですか?
白血病や悪性リンパ腫は伝染することはまったくありません。健康な 子どもが病気のお友達と仲良く遊んだから、病気がうつるということは 絶対にありません。だから良い状態(完全寛解)になった白血病や悪性 リンパ腫の子どもは、幼稚園や学校へ行くなどの普通の生活を送らせる ようにします。まわりも積極的に協力しましょう。
◎治療研究とはどういうものですか?
現在、白血病や悪性リンパ腫の治療の目標は病気の一時的寛解だけで はなく、白血病や悪性リンパ腫を完治させることです。そのために、日 本中、世界中の小児がん専門医達は、各地で研究グル−プをつくり、そ れぞれ最善と考えられる治療計画(プロトコ−ル)を立案し、白血病や 悪性リンパ腫を治すための努力を重ねています。これまでグル−プでの 治療研究の積み重ねによって、治療成績の向上が得られてきましたし、 今後もより向上していくと思われます。

◎完全寛解とはどういうことですか?
発症時には、白血病や悪性リンパ腫の患児の体の中に 1012 個(1 兆個) ぐらいの腫瘍細胞があるといわれています。白血病が治療され、骨髄か らも血液からも腫瘍細胞が消え、全身状態もよくなり、検査でも診察で も白血病や悪性リンパ腫の時に見られる異常がなくなった状態を完全 寛解といいます。しかし腫瘍細胞を見つけ出すのが難しくなったこの寛 解状態でも、患児の体の中にはまだ 109 個(10 億個)のレベルぐらいは 腫瘍細胞が残っていると考えられています。
◎どんなことがあると再発を疑うのですか?
前述した完全寛解の状態からまた逆もどりして白血病細胞が、出現す ることを再発といいます。再発の部位によって骨髄再発、局所再発、睾 丸再発、中枢神経再発(髄膜への浸潤が多い)などと呼びます。それで はいったいどういう症状が見られたら再発を疑うのでしょうか?
一般的に骨髄再発の場合は白血病の最初にみられた症状、つまり顔色 がわるくなったり、手足に痛みがでてきたり、発熱が長引いたり、出血 傾向などがみられます。無症状であっても定期的な採血や骨髄検査で白 血病や悪性リンパ腫細胞が見つけられ再発と診断される場合がありま す。局所再発の場合は、最初に腫瘍が見られた部分が再び腫れてきたり、 睾丸再発の場合は思春期でもないのに睾丸が急に大きくなる(特に左右 差がある)という症状がほとんどです。中枢神経再発の場合は頭痛、吐き気・嘔吐などに注意をします。いつもの治療の時と違う反応や症状が見られたときには必ず主治医に相談して下さい。
◎白血病や悪性リンパ腫は本当に治るのですか?
現在、子どもの急性リンパ性白血病や悪性リンパ腫の約70%、急性骨 髄性白血病の半分以上は化学療法と放射線療法で治癒させることがで きると考えられています。もちろん現在のように治療成績が向上したの は最近の 10 年くらいですので、20 年あるいは 30 年先のことに関しては まだ不明なことも多く残されているのが正直なところです。
◎病気が治癒したら結婚はできるのですか?
最近では小児白血病や悪性リンパ腫の患児の半数以上が長期生存す るようになってきました。長期生存患児に不妊症が多いかどうかについ てはまだ不明な点が残されています。しかしこれまでの報告によると発 症が年長の女児の場合は強力な化学療法後も不妊症にはならないこと が多いようです。実際欧米の報告でも出産した子どもに問題が多かった という報告はほとんどみられません。ただ男児の場合は精子形成の障害、 発症が年少の女児の場合には性腺ホルモンの分泌障害をきたすことが あると報告されているため、結婚後に正常の子どもを持てるかどうかは 不明と言わざるを得ないのが現状です。この点に 関しては結婚する相手の十分な理解が必要です。


医学用語集
悪性リンパ腫
リンパ組織から発生する悪性固形腫瘍のひとつで、ホジキン病と、非ホジ キンリンパ腫の二つにわけられる。小児期の非ホジキンリンパ腫の大部分の ものは急性リンパ性白血病とほとんど同じような臨床経過をたどり、なかに は互いに区別ができない症例も存在し、その時は白血病−リンパ腫症候群と 呼ばれる。
EB ウイルス
Epstein−Barr ウイルスを略してこう呼んでいる。ヘルペスウイルスのなかの 1 つで、リンパ節腫大や肝機能障害などの急性感染症と悪性リンパ腫をはじめとする悪性腫瘍の原因にもなると言われている。免疫不全状態では悪性腫瘍をはじめ種々の合併症を引き起こす。
インフォ−ムドコンセント
日本ではこれを「説明と同意」と呼んでいるが、医師が患者に対して十分 な説明を行い、患者がその説明を理解・納得した上で、患者が検査や治療を 行われることに同意することをさしている。患児が幼少児である場合は、両 親などの親権者にインフォ−ムドコンセントを得ることで治療を行ってい くことになる。
HLA(ヒト白血球抗原)
ヒトからヒトへ同種移植を行うときに生じる拒絶反応の原因となる表面 抗原のうちで特に強い免疫反応を引き起こすもので、ヒトの主要組織適合性 抗原とも呼ばれている。同種骨髄移植を行う場含、HLA クラスT抗原(HLA−A 座、HLA−B 座)と HLA クラスU抗原(HLA−DR 座など)を合わせること が必要である。
M−CSF(マクロファ−ジコロニ一刺激因子)
造血の場で幹細胞を取り巻く間質細胞(ストロ−マ細胞)から産生される サイト力インで、単球・マクロファ−ジ系細胞に作用して、その前駆細胞の 増殖・分化を刺激するとともに、成熟細胞の機能を亢進させる。
MLL 遺伝子再構成
11 番染色体の MLL と名付けられた遺伝子の変化が起きることをいい、乳児白血病では特に予後に影響するので重要とされている。
FAB 分類
現在、急性白血病の形態分類として、広く世界中で用いられている分類。 FAB は French−American−British の略であり、急性リンパ性白血病を 3 種 類、急性骨髄性白血病を以下のような 8 種類に分類している。
M0:微分化型骨髄芽球性白血病
M1:未分化型骨髄芽球性白皿病
M2:分化型骨髄芽球性白血病
M3:前骨髄球性白皿病
M4:骨髄単球性白血病 (参考;好酸球増多を伴う M4)
M5:単球性白血病
M6:赤白血病
M7:巨核球性白血病
鵞口瘡
免疫不全や栄養低下の時、口の中にできる白い斑状の病変。カンジダというカビによっておこる。赤ちゃんの時は正常でも見られることがある。
幹細胞(造血幹細胞)
1 個の細胞から赤血球・白血球・巨核球(血小板を作る細胞)・リンパ球などの全系統の成熟血液細胞を作り出す能力を有するとともに、自己複製能力を持つ細胞で、多くは骨髄中に存在しているが、全身を循環しているため末梢血中にもわずかに存在している。
間質性肺炎
通常見られる細菌や真菌による気管支肺炎や大葉性肺炎と違い、肺胞壁自 体が主たる炎症の場となる肺疾患。主として免疫能が低下している場合に生 じて重症になることが多く治療も難しい。原因としてはカリニ原虫、サイト メガロウイルス、真菌などによるものなどがあり治療が難しいため予防する ことが大切である。
Ki−1 リンパ腫(未分化大細胞型)
非ホジキン悪性リンパ腫のなかで病理組織学的に Ki−1 抗原(CD30)が陽 性を示す1群を指している。特定の染色体異常(2 番と 5 番染色体の相互転 座)が多く見られるといわれているが、症例での差が大きく、治療に反応が 良好で予後の良いものから治療に抵抗するものまでさまざまである。
逆位(16 番染色体)
白血病細胞の 16 番染色体の長腕と短腕に入れ替えが起こるものをいう。FAB分類ではM4(骨髄単球性)に多く、好酸球の増加を見るのが特徴である。この異常を有するものは長期生存するものも多く、十分な治療を行えば比較的予後良好といわれている。
急性転化
それまで臨床的に安定していた慢性骨髄性白血病(CML)患者が全身倦怠 感、原因不明の発熱、体重減少などをみるようになり、血液学的には白血球 の増加、血小板の減少とともに貧血の進行を認め、末梢血・骨髄血中で芽球 の比率が増加し、症状も検査所見も急性白血病類似の状態になることを急性 転化という。
クオリテイ・オブ・ライフ(QOL)
WHO は、「個人が生活する文化や価値観の中で、目標や期待、基準および関心にかかわる自分自身の人生の状況についての認識」と定義している。実際には患児を治療していく過程において、身体的・心理的にどれだけ成長発達を維持していけるか、病院・家庭・学校・友人などの社会環境にどれだけ順応していけるか、これからの人生に対してどれだけ積極的な目標や期待をもてるかなどを考えていくことがQOLを考えることになる。
血清
血液から赤血球、白血球、血小板などの細胞成分を血液凝固させた後に除いた液性成分で凝固因子は含まれていない。
血液製剤
ヒトの血液を原料として作られた製剤である。最近は全血をそのまま用い るのではなく、各成分に分けた後に成分輸血として用いることが多い。製剤 として赤血球濃厚液(最近は MAP 血)、血小板濃厚液、新鮮凍結ヒト血漿、ア ルブミン製剤、γグロブリン製剤、凝固因子製剤などがある。
抗原
抗体産生を誘導し、抗体が特異的に結合する分子のことをいう。
抗体
抗原に対応して産生される蛋白質で、外来抗原を認識して特異的に結合する。抗原抗体反応によりさまざまな生体反応が生ずる。骨髄
硬い骨の内部のスポンジ状の組織で、血管と脂肪と血球産生細胞を保持する結合線維組織からなり、主な働きは赤血球・白血球・血小板を作ることである。骨髄異形成症候群(MDS、Myelodysplastic Syndrome)
血液検査では血球減少症を認めるにもかかわらず骨髄は細胞成分に富ん でいる疾患群で、種々の血球形態異常を認めるが、急性白血病と診断できる だけの芽球の増加を欠いているもの(芽球が 30%未満)をいう。治療が難 しく造血幹細胞移植の適応となることが多い。骨髄移植(BMT, bone marrow transplantation)
骨髄中に存在する造血幹細胞を全身麻酔下に骨髄から採取し、前処置と呼 ばれる骨髄造血細胞にも強いダメ−ジを与える強カな治療後に、骨髄を輸注 する治療法。骨髄をだれから採取するかによって、自家骨髄移植と同種骨髄 移植に分類される。同種骨髄移植は兄弟など血縁者から骨髄を採取する場合 と骨髄バンクを通じて行う非血縁者間骨髄移植に分けられる。骨髄バンク
厚生省の指導のもとに骨髄移植推進財団が主体となり、日本赤十字社およ び都道府県の協力により行われている公的バンクである。一般国民から善意 のドナ−を募り、骨髄提供の調整をすることにより骨髄移植の必要な難病の 患者さんに骨髄移植を可能にすることを目的としている。骨髄抑制
癌治療において抗癌剤、放射線などによる治療後、一定期間、一過性に骨 髄の造血能が障害される状態をさす。白血球減少により易感染性が、赤血球 減少により貧血が、血小板減少により出血傾向がそれぞれ生じるため、適切 な支持療法が必要となる。臍帯血幹細胞移植(CBSCT, cord blood stem cell transplantation)
胎盤に含まれる臍帯血には豊富な造血幹細胞が含まれていることから出 生時に臍帯血を採取・凍結保存し、造血幹細胞移植の幹細胞として活用する 移植方法である。一部の地域では臍帯血バンクの試みが始まっている。サイトメガロウイルス(CMV)
ヒトに感染するウイルスで、初めての感染で重症となり得るのは胎児・新 生児と免疫不全状態に陥ったヒトであるが、骨髄移植後などではすでに体内 にあるサイトメガロウイルスの再活性化が生じ、重症の間質性肺炎の原因に なることが知られている。自家骨髄移植
担癌患者などで、より強カな化学療法や放射線療法を行う目的で自分の骨 髄を採取・凍結保存し、前処置と呼ばれる骨髄造血細胞にも強いダメ−ジを 与える強カな治療後に、自分の骨髄を解凍して輸注する治療法。CRP
血液検査の一つで、炎症性疾患や組織崩壊性疾患などの病的状態で高値となってくるため、主に感染症の指標として用いる。重症感染であればあるほど高くなり、感染症が良くなれば低下してくる。G−CSF(顆粒球コロニ一刺激困子)
主として T 細胞から産生されるサイトカインで、好中球の産生を刺激するとともに、好中球の機能を亢進させる。現在は遺伝子組み替え製剤が臨床で使用されて効果を上げている。GVHD(Graft versus Host disease、移植片対宿主病)
移植した骨髄中に含まれる骨髄提供者由来の T リンパ球に起因して生じ る疾患で、移植後 100 日以内に生じて発疹、肝機能障害、下痢などを特徴と する急性 GVHD と、移植後 100 日以後に生じて自己免疫疾患様の種々の症状 を生じる慢性 GVHD とに分けられる。骨髄移植以外に通常の輸血後にも GVHD が生じることがあるため、白血球を含む血液製剤に対し予防的放射線照射や 白血球除去などが行われている。
層別化
治療前の予後因子(年齢、白血球数、白血病細胞の性質など)により、使用する抗癌剤の種類や使い方を変更し、治療の強さに強弱をつけること。
造血幹細胞移植
最近では骨髄移植や末梢血幹細胞移植などを含めて造血幹細胞移植と呼 ぶことが多くなった。移植の幹細胞をどこから採取するかによって、
・骨髄移植(BMT, bone marrow transplantation)
・末梢血幹細胞移植(PBSCT, peripheral blood stem cell trans−plantation)
・臍帯血幹細胞移植(CBSCT, cord blood stem cell transplantation)に分類される。
また移植の幹細胞をだれから採取するかによって、
・自家(自己)移植
・同種移植−血縁・非血縁
に分類される。
大細胞型悪性リンパ腫
非ホジキン悪性リンパ腫のなかで病理組織学的に大型の明るい核を有す るものをさす。表面マ−カ−上はT細胞型とB細胞型の両者に分かれる。
中心静脈カテ−テル(CV cathether)
高カロリ−輸液(IVH,intravenous hyperalimentation)や薬剤投与、または採血などを行うために、鎖骨下静脈や頸静脈からカテ−テルという管を挿入して先端部分を上大静脈などに留置する医療手技を指す。ポ一ト型のように薬剤注入側をゴムの円盤状(ポ−ト部)にしたものや自然抜去や感染を防ぐ目的で皮下理め込み式にしたものなどがある。
中枢神経系白血病
抗癌剤が届きにくい場所の 1 つである中枢神経系(=脳・脊髄の主に髄膜)に白血病細胞が浸潤した状態。予防の方法に頭蓋への放射線照射、抗癌剤の髄液内注入、メトトレキサ−トの大量療法などがある。
転座型(8;21)
白血病細胞の染色体の 8 番と 21 番に相互転座(一部分の入れ代わり)が起こっているものをさす。FAB 分類では M2 に分類されるものに多く、比較的完全寛解に導入されやすく、十分な治療を行えば予後は比較的良好と考えられている。
T リンパ球
胸腺を経由して分化したリンパ球群で、抗体産生の調節と細胞性免疫作用 を持つ。
ドナ−
臓器移植の提供者をさす。ここでは同種造血幹細胞移植における骨髄または末梢血幹細胞の提供者を指す。兄弟をはじめとする血縁ドナ−と骨髄バンクを通じて得られる非血縁ドナ−がある。
同種骨髄移植
骨髄移植の中でヒトとヒトの間で行われるものを指す。再生不良性貧血な ど骨髄の正常な造血機能が低下した病気や難治性の白血病、骨髄異形成症候 群などの治療を目的として、HLA の一致したものの間で施行される。
脳脊髄液(リコ−ル)
脳と脊髄を取り囲むように循環しているが、一般には腰に近い背中から採 取する。中枢神経白血病の際にはこの脳脊髄液中に白血病細胞が見られるよ うになる。
敗血症
体を循環する血液中に病原体が増殖した状態を伴う、重篤な全身感染症。原因としては細菌と真菌がある。
バ−キット型悪性リンパ腫
約半分の症例が腹部に原発し、表面マ−カ−分類では B 細胞型がほとんど である。骨髄や中枢神経への浸潤の可能性も高く、短期集中型の強力な治療 を必要とする。
晩期障害
「長期生存例に残存している、疾患自体の侵襲および外科、放射線、化学療法による直接的、間接的な障害」を晩期障害という。主なものとして、成長障害、内分泌障害、中枢神経障害、心機能障害、肝機能障害、免疫機能障害、続発腫瘍(二次性がん)の発生などがある。
病期
悪性リンパ腫をはじめとする固形腫瘍で、腫瘍細胞が全身のどこまで拡がっているかを病期と呼ぶ。一般にはT〜Wまでの4段階に分けることが多い。小児の非ホジキンリンパ腫の場合は、マ−フィという人の名前がついたセン トジュ−ド病院の分類を用いることが多い。
T期:1つのリンパ節領域、または単一のリンパ組織外の腫瘤
U期:横隔膜同側の2つ以上の領域
V期:横隔膜の反対側まで拡がる、または縦隔や腹部の大きな腫瘤
W期:中枢神経または骨髄へ浸潤する
フィルタ−
中心静脈カテ−テルなどのさいに、細菌感染を防ぐ目的で用いられる。特 殊なものとしては輸血のさいに白血球を除去する白血球除去フィルタ−が 用いられていたが、最近では日赤血液センターであらかじめ白血球芽除去されている製剤が多い。B リンパ球発生、分化を胸腺に依存しないリンパ球群で T 細胞からのシグナルを受けて抗体を産生する細胞に分化する。
フィラデルフィア染色体(Ph1)
9 番染色体と 22 番染色体との間の相互転座によって生じる染色体異常で、これによって癌遺伝子が活性化される。大部分の慢性骨髄性白血病で認められる以外に急性リンパ性白血病でも認められることがあり、きわめて難治性である。
末梢血幹細胞
ヒト血管内を循環している末梢血中にある造血幹細胞を指す。通常は骨髄 中と比べわずかしか認められないが、骨髄抑制を伴う癌化学療法後の造血回 復期や、G−CSF などを使用すると末梢血幹細胞は著増することが知られて いる。
末梢血幹細胞移植(PBSCT,peripheral blood stem cell transplan−tation)
癌化学療法後の回復期や、G−CSF などを使用し増加した末梢血幹細胞を 採取し前処置と呼ばれる骨髄造血細胞にも強いダメ−ジを与える強力な治 療後に、末梢血幹細胞を輸注する治療法。最初自家移植として発展したが、 最近では同種の移植としても施行されつつある。
網赤血球
赤血球のなかで、特殊な染色(超生体染色)によって網目状に染色される構造物を持つ幼弱な赤血球である。この細胞が赤血球の中でどれくらいを占 めているか調べることにより、その時の赤血球をつくる力が推定できる。
モノソミ−7
白血病細胞の 7 番染色体が 1 本しかないものをいう。この型は骨髄異形成症候群から移行したものに多く、通常の化学療法のみでは予後は不良といわれており、造血幹細胞移植の適応と考えられている。
リンパ芽球型悪性リンパ腫
頸部や縦隔に原発することが多く、表面マ−カ−分類では T 細胞型が多い。 骨髄や中枢神経への浸潤の可能性も高く、急性リンパ性白血病と似ており、 比較的長期間の治療を必要とする。

注:この医学用語集は日本つばさ協会編『白血病治療』連合通信社刊の 渡辺新氏指導による用語解説から許可を得て一部引用させていただき ました。

参考になる本
<入院した時・・・興味がわく絵本>
<病気や病院についての絵本>
<少し落ちついてきたら・・・いのちを考える絵本>
<無償の愛の絵本>
<再発や入退院を繰り返したりした時は・・・>


参考になるホームページ
http://www.med.hokudai.ac.jp/~ped−w/JACLS.htm
http://www.med.hokudai.ac.jp/~ped−w/JSPH.htm
http://www.es-bureau.org/es-bureau/kodomo-1/kodomo.htm
http://www3.famille.ne.jp/~hoshi/honbu/mamorukai.htm
PDQ日本語版は、米国国立癌研究所(NCI)が配信する
Cancer Information Physician Data Query from National Cancer Institute
の情報を基に日本語翻訳したものです。
http://www.erde.co.jp/~wish_japan/
http://www.ne.jp/asahi/mendor/tsudoi/
http://homepage1.nifty.com/pediatrician/
http://www.cypress.ne.jp/donguri/Top.html
http://www.fsinet.or.jp/~qol/
http://pathy.med.nagoya−u.ac.jp/leukemia/
長期フォローアップガイドラインもダウンロード可能です。
http://www.childrensoncologygroup.org/


JACLS参加施設一覧(2006 年 4 月 1 日現在)
<北海道地区>
<東海地区>
<関西地区>
<中四国九州地区>
<京都地区グル−プ>
<東北地区>
<小児白血病研究会(JACLS)>
大阪大学大学院医学系研究科 内科系臨床医学専攻
情報統合医学 小児科
〒565−0871 吹田市山田丘 2−2
TEL:06-6879-3932/FAX:06-6879-3937
北海道大学医学部小児科
〒060−8638 札幌市北区北 14 条西 5
TEL:011-716-1161/FAX:011-706-7898
東北大学医学部小児科
〒980−8574 仙台市青葉区星陵町 1‐1
TEL:022-717-7287/FAX:022-717-7290
三重大学医学部小児科
〒514−8507 津市江戸橋 2−174
TEL:059-231-5024/FAX:059-231-5412
大阪大学大学院医学系研究科 D−5
〒565−0871 吹田市山田丘 2−2
TEL:06-6879-3932/FAX:06-6879-3937
京都大学医学部小児科
〒606−8507 京都市左京区聖護院川原町 54
TEL:075-751-3297/FAX:075-752-2361
岡山大学医学部小児科
〒700−8558 岡山市鹿田町 2−5−1
TEL:086-235-7248/FAX:086-221-4745
国立成育医療センター臨床検査部 中川温子
〒157−8535 東京都世田谷区大蔵 2-10-1
TEL:03-3416-0181/FAX:03-5494-7136
福島県立医科大学第 1 病理 北條 洋
〒960−1295 福島県福島市光が丘1
TEL:024-548-2111/FAX:024-548-4488
愛知県がんセンター疫学予防部
〒464−0021 名古屋市千種区鹿子殿 1-1
TEL:052-762-6111/FAX:052-763-5233

本ページは「がんの子供を守る会」から発行されている『子 どものがん』『白血病と悪性リンパ腫』『がんとたたかう子とともに』『ご両親のためのハンドブック for leukemia』および日本つばさ協会編『白血病治療』から同会の許可を得て引用させて頂き、一部を加筆修正したものです。図はほとんど著作権フリーの『学芸イラスト素材集』から引用しましたが、一部は許可を得てノバルティス社の『APLASTIC ANEMIA 再生不良性貧血』 から引用しました。
内容に関しての御質問がある場合は主治医にお尋ね下さい。
出版責任は小児白血病研究会(JACLS)にあります。お気 づきの点がありましたら下記にお知らせ下さい。
<小児白血病研究会(JACLS) 中央事務局>大阪大学大学院医学系研究科 内科系臨床医学専攻
情報統合医学 小児科 JACLS QOL 小委員会
〒565−0871 吹田市山田丘 2−2
TEL:06-6879-3932/FAX:06-6879-3937
2006 年 5 月 1 日 第 4 版第 1 刷発行(非売品)